ツーリング日和5(第32話)鹿児島ラーメン
「コトリ、今日のお昼はラーメンよ」
「お土産のやつか」
焼豚も鹿児島のにしたかったけど、今日のは和記の焼き豚。
「あってるんちゃう」
「甘いものね」
鹿児島ラーメンは有名だけど、特徴をあえて挙げれば甘いことかな。他はストレート麺で、柔らかめぐらいと言われてる。スープは豚骨だから濃厚になるじゃない。だからスープが絡みにくい麺ぐらいに考えてる。
「ほいでもそれぐらいしか、あらへんで」
そうなのよね。豚骨スープは半濁が多いとされてるけど、白濁もあるし、醤油ラーメンが基本と言いながら、味噌ラーメンの登場も早いとかね。
「他のご当地ラーメンは、発祥店とか、人気有名店のスタイルをそれなりに踏襲しとるけど、鹿児島ラーメンは他店と違う競争になってもたそうやからな」
それぐらいバラエティに富んでるから、基準となるような店の存在さえ知られていないぐらい。一応あるらしいけど、他のご当地ラーメンと較べると話にならないぐらいかな。
「でも美味いな」
「これぞまさしく鹿児島ラーメン」
美味しければそれで満足。さてだけど、
「維新会とはね。コトリは読んでたの」
「まあな平野絡みやからな」
カケルを嵌めようとしたのは霞会館の中でも維新会と呼ばれてるグループ。元大名の元華族だけど維新会は成立が特殊なのよね。江戸時代の大名は徳川家が存続を認めて領地を与えたことになってるんだ。
だから大名は将軍の直臣だし、改易だとか、お国替えも命令できたぐらいかな。そして大政奉還から明治新政府になった時に、それまで正式の大名家じゃなかったのが大名家になるケースが出たんだ。
一番大きいのが徳川宗家の静岡藩になるのだけど、あれは徳川宗家が藩じゃなかったから。他には御三卿のところとか、御三家の付き家老みたいなところ、ちょっと変わったところなら岩国の吉川家なんかもある。
その中で幕府時代には旗本だったところがわずかながらあるんだ。どうしてそうなったかの細かい経緯まで知らないけど、シンプルには維新の論功褒賞として良いと思う。佐幕派のところにないからね。
「そやな。そやけど領地を与えたんやのうて、領地の石高を数え直して大名家に格上げしただけや」
これを維新立藩と言うのだけど、徳川幕府はなくなってるから、徳川家じゃなくて朝廷に忠誠を尽くす大名家ぐらいの位置づけになるかもしれない。もっとも三年ほどで廃藩置県でなくなってるけどね。
それでも他の大名家と成立過程が違うし、出来た時から朝廷側だから別格意識ぐらいがあったぐらいかな。
「さして朝廷から別格扱いもされんかったけど」
そうみたいだね。朝廷側もなにか思惑があったのかもしれないけど、版籍奉還から廃藩置県に怒涛のように進んだのが歴史だもの。そんな旗本から維新立藩したのが生駒家、山崎家、山名家、本堂家、平野家でこの五つの家が維新会を作ってる。
もっとも一番大きい生駒家で一万五千五百石で、五家とも男爵。石数からすれば妥当だけど、維新立藩だからの特別待遇はないのぐらいわかる。維新のドサクサの仇花みたいなものだけど、そういう連中はそういう些細な違いをプライドにするもの。
維新会と言っても霞会館の中でもささやかな存在。元公家の堂上会と較べるのもアホらしいプライベートな親睦会なのよ。だから霞会館を動かすとか、ましてや天皇家を動かすなんて到底無理。
「それを知っとる人間は限られてるのを利用したんやろ」
霞会館の内情なんて知ってる人の方が珍しいのよ。そこを利用して陛下の内意をデッチ挙げたってぐらい。普通の一般市民なら、天皇家ともどこかつながりがあるぐらいは思っちゃうもの。
「処分は厳しかったね」
「陛下の名前出して詐欺やったようなもんやからな」
首謀者の平野家は除名。後の四家は厳重戒告の上で自主退会になってる。つまりは維新会の全メンバーが霞会館から追い出されたことになる。もっとも追い出されたからと言って実生活に支障が出るわけじゃないけどね。せいぜい霞会館会員のプライドを失うぐらい。
「そやけどキッチリ余波は出た」
「余波じゃなくて本命でしょ」
あの時にカケルのケーキと競合に出されたのがナガトのケーキ。そのためにナガトのゴースト・パティシエ疑惑が再浮上して、プレデンシャル・ホテルが厳重調査に乗り出したのよ。ハインリッヒ公爵の宿泊問題も絡んでるからだと思うけど、
「圧力かけたのね」
「経費節約と社員の気分転換や」
エレギオン・グループも平野ビルに入ってるところがあったのよ。それを一斉に他のビルに移転させてる。それぞれもっともらしい理由を付けてたけど、誰が見ても、
「そうや、エレギオン・グループが平野ビルを見限ったと見るで」
そうなると他の入居企業も動揺して、
「それを引き留めるのに必死になっとった」
そんな時にエレギオン・グループの動きを裏付けるような、社長の平野の霞会館除名処分が出たんだよ。そりゃ、もう入居企業が雪崩のように抜け出そうになってる。平野社長は倒産の危機さえ感じる事態に陥り、息子のパティシエ遊びに構うヒマがなくなったってこと。
「それどころか息子のパティシエ遊びが原因と見て切り捨てよった」
勘当されて一族から追放されたとか。自分も加担していたのにね。
「料理人が料理出来へんのは詐欺やで。コトリが関わらんでも、そのうち沈没しとったわ。女の夢であるスウィートを穢したからな」
それはそう思う。ゴーストライターもどうかと思うけど、それを真似したゴースト・パティシエなんて最初から無茶も良いとこよ。どうしてそんなことを、
「シノブちゃんが調べてもはっきりせんとこが多かってんけど」
おそらく定番の末っ子の甘やかしがスタートみたいなのは間違いない。甘やかされて育てられると、こらえ性のない性格に育ちやすい。だから厳しい修業が必要な本物のパティシエにならなかったのは説明できるけど、あそこまでパティシエにこだわったのは、
「だからわからんのよ。異常に根に持つ性格で説明するしかあらへんねん」
根に持つと言っても、高校時代の話だし、それもカケルがナガトをイジめた話じゃなく、ナガトがカケルにマウントを取りそこなった話じゃない。
「だから無理ある言うたやんか。踏まれた方は忘れへんとは言うけど、ナガトにとってはそう受け取った以外にどう解釈するんよ」
そうなんだよね。いくら恨みを忘れないと言っても、たいていの恨みはそのうち忘れるか、記憶から人は追い出してしまう。歳月は恨みも薄れさせるところがあるし、成長したら、そんな恨みなんて取るに足らないと思うようになるとかね。
そりゃ完全に忘れることは出来ないかもしれないけど、恨みを晴らすための復讐に執念を燃やし続けるのは少ないよ。
「復讐と言うても別の形でするぐらいやろ」
そうだよね。中高ぐらいでイジメに遭ったのを社会人になって出世して見返すとか、彼女や彼氏を奪われたら、もっと素晴らしい相手を見つけ出して、より幸せになることで満たされるとか。
もちろん終生の恨みとして復讐に全人生を懸けるのもいるけど、それは聞くだけで納得できるぐらいの凄まじい怨恨なのが一般的だよ。それこそ親兄弟を破滅に追いやったとか、殺されたりクラス。
「そりゃ、思いなんか個人的なもんやから、他人が見れば些細と思うても違うのはある。そやけどナガトのケースは度を越えとるわ」
そういう偏狭な人物にストーカーされたカケルが不運だったしか言いようがないけど、もしかして先祖の平野権平から脈々と受け継がれたものとか。
「血は受け継いでへん」
そうだった。
「これは余談やが・・・」
平野家の三代目長政は家綱の肝いりで家綱の実母の弟がなってる。でもちょっとだけ興味深いのが、
「正室が織田高長の娘、継室が木下利貞の娘やねん」
ありゃ、織田に木下とは。こりゃまた微妙な血筋だ。だけどね、
三代目 長政(他家より養子)
五代目 長暁(権平の弟の家より養子)
六代目 長里(他家より養子)
えっと、えっと、
「権平の血筋は長政の時に切れてる。長暁の正室は増山正弥の娘やから織田と木下の血筋も切れとる。長里は娘婿やから権平の弟の平野の血筋だけは残っとる」
血筋、血筋って言うけど、そんなもの薄れ切ってるものね。