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シノブの恋(第30話)一回戦

 まずは予選みたいな一回戦。八人の中に残らないと話にならないのだけど、さすがにレベル高いわ。それに馬も立派。コースが短くなった関係で規定時間は五十八秒になってるけど、団体戦にも出場していた松本さん、栗岡さん、白田さんは次々と減点無しでクリア。

 出走順だけど、まずは甲陵倶楽部側の選手が倶楽部内予選の下位選手から出走。神崎愛梨が甲陵側の最後だけど、メイウインドはさすがに群を抜いてる感じ。観客席からもどよめきが出てる。

 神崎愛梨の走りはビデオで見てたけど、実際に見るとそれ以上なんだ。まさに舞うように障害を次々とクリア。高さも飛距離とも余裕で、まさに華麗の一言に尽きそう。タイムも、
 
『四九・八七秒』
 
 ただ一人五十秒を切る快走。でもシノブの見る限り限界一杯の走りではなく、かなりの余力を残してるはず。

 甲陵倶楽部側が終わると招待選手だけど、苦戦してる。そりゃそうよね、あれは大障害Aさえ超えるグランプリ仕様。誰も減点無しではクリアできないどころか、完走できたのも一人だけ。ベスト・エイトには入れなかった。
 
『二十番、結崎忍、北六甲クラブ所属、馬はテンペート』
 
 シノブが登場した時にもちょっとしたどよめきが。小林社長の手腕はさすがで、仕上がりはまさに完璧。スタートしたけど物凄く軽い感じ。障害が低く見えるもの。その時に不思議な風景がシノブの脳裏をかすめたの。

 あれは野原、いや演習場の訓練場。障害を飛び越す訓練をしてる。あんな障害飛び越えてたんだ。その瞬間にスイッチが入った気がした。そうだ、エレギオンの馬術は実戦馬術、天然の障害を瞬時に高さと幅を見抜いて飛び越して行くんだ。

 シノブはあの時の感覚でテンペートを走らせた。いや、テンペートはシノブの心がわかったように走ってくれてる。シノブはコースの指示を出すだけ。馬術は馬を操るのではなく、人馬を一体化して走らせることよ。
 
『四七・七七秒』
 
 やった一位だ。でもまだ抑えてるよ。テンペートの力はこんなものじゃない。本当の勝負はトーナメント戦だ。これで一回戦は終了。シノブが一位、神崎愛梨が二位。トーナメントの組み合わせは一回戦の順位で決まるから、順当に勝ち上がれば決勝は神崎愛梨とのデュエロになる。馬場から出ると小林社長が、
 
「シノブさん、やった、やった」
 
 もう泣き出しそうなぐらいの顔。ここで午前の部は終了し小林社長にテンペートを預けてランチに。
 
「やったなシノブちゃん」
「エエ走りやったで」
 
 倶楽部のレストランを使っても良かったんだけど、ユッキー社長がお弁当を作ってくれてました。
 
「次の二回戦は問題ないやろうけど、順当に行けば三回戦は四位の栗岡さんや」
「ミスさえなければ大丈夫と思うけど」
「今日はミスは出ないと思います」
「そんな感じやけど、油断せんと行こう」
 
 そうやって盛り上がってるところに、
 
「さすがね。馬も申し分はないわ」
 
 神崎愛梨です。
 
「もう夢前さんと呼んでイイわね。決勝で会うのを楽しみにしてるわ」
 
 それからユッキー社長とコトリ先輩の方に向き直り、
 
「小山社長、月夜野副社長、お久しぶりです。エレギオンHDの四女神は歳を取らないの噂が本当なのが良くわかります」
「十年ぶりかしら」
「正会員ですからレストランを使われたら宜しかったのに」
「青空の下のお弁当も美味しいよ」
 
 神崎愛梨は知っていたんだ。
 
「それと馬を楽しまれるなら甲陵倶楽部を利用されれば良かったと存じます」
「馬を買うほどの趣味じゃないからね」
「テンペートは」
「そこそこでしょ」
 
 神崎愛梨はふふっと笑い、
 
「テンペートがそこそことは、よく仰います。あれこそフランスの至宝とされる名馬の中の名馬。セルフランセの血統強化のために、どんなにカネを積まれても国外流出はあり得ないとされてたものです」
「よくご存じね」
「テンペートが日本に売られたと聞いてどれほど驚いた事か」
 
 そこまで凄い馬だったから、引退しているルナまで動員されたんだ。どれほどの工作をされたか考えただけで怖いぐらい。ひょっとしたらフランス大統領に会ったのも、その一環だったかも。
 
「もっとも買われたのが小山社長ならわかります。小山社長が言葉にされて、実現しない事はないのは有名過ぎるお話です」
「そうでもないわ」
 
 ユッキー社長はお弁当をパクパクと食べながら、
 
「あなたもいかが」
「いえ、もう頂いております」
 
 神崎愛梨はシノブの方に再び向き直り、
 
「テンペートは名馬だけど、私のメイウインドも負けないわ。デュエロの条件を話しておきたいんだけど」
「神崎さんが決勝まで上がって来られれば聞きましょう」
「言うわね。決勝で会うのを楽しみにしてる」
 
 そう言って去って行っちゃいました。
 
「神崎愛梨も変わったね」
「そやな、エエ女になっとるで」
「シノブちゃんも頑張らないと」
 
 確かに見ると聞くでは大違い。ワガママじゃなくてプライドの塊みたいなものじゃない。それに近寄りがたいほどの気品とあの凛とした態度。ちょっと見とれちゃったよ。そういう意味でのお姫様だとやっとわかった。

 それとあの口ぶりからするとテンペートをユッキー社長が買ったのを知った上で会長杯に招待したに違いない。だからデュエロは受ける。負ければ退くけど、勝てば奪いに行く。恋とはそんなもの。シノブもエレギオンの女神だよ。テンペートがいる四座の女神が負けるものか。

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