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恵梨香の幸せ(第34話)キーコさん

「でもね、実はそれほどよく知らないのよね」

 まずキーコさんの名前は中野貴美子で、キミコだからキーコと呼ばれてたらしい。歳は康太の五歳下だって。ん、ん、ん、理恵先生と康太が別れたのは大学三年の時だから康太が二十一歳になる歳だよね。そこから五つ下っていったら、まだ十六歳、高校一年生じゃないの。

「そうだよ。あんな小娘に康太を奪われちゃったってこと」

 キーコさんだけど、父親は中古ピアノの販売で、母親は新地のママさんって、どういう出会いの夫婦なんだろ。とりあえず母親の仕事が夜なので、昼間は寝てて、夜はいないになっていたそう。

 一人娘だそうだけど、そういう環境ならパパッ子になりそうなものだけど、父親の浮気が小学校の時にバレて、家中が大騒ぎになったらしい。離婚にはならなかったけど、父親には醒めた感情しかなくなっていたそう。まあ、そうなるよね。

 じゃあ、母親と仲が良かったかと言えばそうでなく、夜の仕事だからかまってもらえず、反感を募らせてたぐらい。離婚こそしなかったものの、両親の関係も冷え冷えしてたそうだし、キーコさんはどちらの親にも距離を置いてたぐらいかな。そこにキーコさんの反抗期が加わって家の中は冷蔵庫の中ぐらい寒々しいものだったそう。

 キーコさんの家は康太の下宿に近かったみたいだけど、理恵先生もキーコさんと康太の馴れ初めは知らないと言ってた。普通に考えれば接点ないものね。ただ康太とキーコさんが急接近したと言うか、一挙に同棲状態になった事件は知ってた。キーコさんが両親と大喧嘩したそうで、お父さんが、

『出ていけ!』

 こう怒鳴ったら、キーコさんは家を飛び出して康太の下宿に転がり込んだそうなんだ。

「康太も困ってたよ」

 そりゃ、困るだろう。康太は理恵先生と付き合っていたし、そこにキーコさんが転がり込まれたら、

「追い返して家に帰ってもらうのもあったんじゃ」
「それがね・・・」

 これも驚くしかないんだけど、キーコさんは両親への反発から危ない男性経験を重ねていたんだって。そのせいじゃないだろうけど、なんとだよ、初体験は小学校五年生の時と言うから魂消た。レイプ同然だったそうだけど。

 言っとくけど、まだ中学生なのに当時だったら愛人契約、今だったら援助交際もどきをやってたんだよ。ぶっちゃけ売春だよ。やったらおカネになるけど、そのカネで夜遊びしてたって言うから、はっきり言わなくても不良だ。

 康太はその話を知っていて、追い返したらキーコさんがどこに突っ走るか不安だったで良さそうなんだ。とりあえず下宿に迎え入れて、こっそりキーコさんの家に連絡したんだって。

 両親も驚いてキーコさんを迎えに来たそうだけど、そこで修羅場が展開したみたい。それこそ父親の浮気から、母親にかまってもらえず、どれだけ寂しい思いをしたかって、怒鳴りまくったんだって。

 それでも両親は強引にキーコさんを連れて帰ろうとしたそうだけど、それこそ死に物狂いで抵抗したし、あまりの大騒ぎに近所の人まで出てくるぐらいになったそう。お手上げ状態の両親は、

「康太に預けて帰っちゃんだよ」
「そんな無責任な」
「親も最後は強く言えなかったんだよ」

 もう信じられないけど、その頃は父親に続いて母親も浮気、さらに父親もまた別の浮気をしていたって言うから家はグチャグチャ。それでも離婚してないのが不思議なぐらい。そんな夫婦もいるけど、子どもは可哀想だよね。

 そこからテンヤワンヤの騒ぎの末に、なんとだよ、キーコさんが康太の下宿にいつでも出入りして良いの条件でやっと家に戻ったそう。そこからキーコさんは康太の下宿に入り浸り状態になったんだって。

「理恵先生はどうされたのですか」
「康太との間に隙間風が吹きかけていたのはウソじゃないのよ」

 理恵先生が上浦病院を継ぐために婿養子を探していたのは聞いたけど、これって婿養子でなければならない他の原因もあったのよ。理恵先生はお嬢様育ちなんだけど、なんと家事が一切できないそうなんだ。

 これは上浦の家が家族全員医者みたいなもので、家事は住み込みの家政婦夫婦さんが全部やってたんだって。どうも聞いてると家政婦さんというより執事が相応しそう。他にも通いのお手伝いさんとか、運転手さんみたいなのもいるそうだけど、どんだけセレブの家なのよ。

 だから掃除や洗濯はもちろんだけど、炊事も一切できないし、それを教えるはずの母親、さらに祖母から出来ないって言うから呆れた。こりゃ、筋金入りのお嬢様だよ。

「男だったらまだしもなんだけど、女だからね。わたしの結婚相手は主夫が出来ないと務まらないの」

 理恵先生は寂しそうに笑ってたよ。自分は普通の結婚が出来ないように育てられてるって。言うまでもないけど女が家事を全部する必要はないし、康太とも分担してやってる。でもまったく出来ないとなると選択枝が狭まるよね。

「今は家事も少しは出来るようになったけど、当時はそういう相手じゃないと無理と思い込んでたのよね」

 つまり康太が理恵先生との結婚しようとすると、上浦家と同様の家事環境を整えないといけない事になるんだよ。一つは康太が婿養子になり上浦家に入ること、もう一つは康太がそういう家事環境を提供すること。

「康太も一人息子だろ。さすがに婿養子は躊躇ってね」

 家政婦さんを雇う環境は今の康太でも簡単じゃないのよね。どうもだけど理恵先生が結婚するなら婿養子以外にないと言い出してから、二人の関係に隙間風が吹き始めたで良さそう。それでも付き合っていたのは、

「恵梨香さんならわかるでしょう。とにかく康太は逞しいから、別れちゃったら寂しくなるし」

 やっぱりやってたんだ。でも理恵先生はバージンだったはずだから、

「そうよ。康太も初めてだったから大変で・・・・・・」

 あははは、なんと七回もかかったって。この辺は康太も焦った部分はあったと思うよ。アレする時は誰でも頭に血が昇るけど、初体験なら、なおさらだよね。理恵先生だって相手が康太だから、そりゃ、痛かったろうし。

 七回でも理恵先生を尊敬するよ。恵梨香でも初めてなら自信が無いぐらいだもの。理恵先生はそれだけじゃなく、

「そういうこと。男とやるって、ああなるのをみっちり教えられたかな」

 理恵先生もそうなったんだ。でも、こうやって聞いてると元嫁だけが相性が悪かったんだよな。これも可哀想な気がする。元嫁も康太に馴染んでいたら不倫なんか考えなかったろうにな。でも理恵先生も康太を先に経験しちゃうと、

「別れた夫のを見て、あれは何だと思ったもの」

 そうなるだろうね。直接の離婚の原因は元夫が種なしだったけど、夜も無能って言ってたもの。まあ、康太の次の男じゃ、理恵先生を満足させるのは無理だろうな。それはともかく、理恵先生と康太に隙間風が吹きかけた時にキーコさんが康太の下宿に転がり込むことになって、

「康太って責任感強いじゃない。キーコがそういう次第で転がり込んで来たからには、ちゃんとお世話をしようと思ったのよね」

 理恵先生と康太は話し合った末に別れることになり、康太とキーコさんが結ばれる事になるけど、

「待ってくださいよ。キーコさんはまだ十六歳です」
「実はまだ十五歳だったんだよね。三月生まれだったからね」

 俗に淫行って言われるけど正確には青少年保護育成条例って言って、十八歳未満との性行為は罰せられるのよね。まあ、高校生同士とか、やってるのはやってるけど、康太は医学生だから問題になれば前科がついて医者になれなくなるかもしれないじゃない。康太がキーコさんとの事を、あれだけ話したがらないのはそのせいか。

 理恵先生も康太と別れたと言っても、喧嘩別れしたんじゃないから、仲の良い異性の友だちの関係ではあったで良さそう。理恵先生は口には出さなかったけど、キーコさんと康太が別れるのを待ってたのかもしれない。相手はまだ高校一年生だもの。

 そうそう、さすがの理恵先生も康太とキーコさんがいつ結ばれたかは知らないとしてた。もっとも、親の公認を取ったようなキーコさんは自分の荷物を次々に康太の下宿に運び込んで、半同棲になったで良さそう。

 完全な同棲にならなかったのは、ここもなんと言うかの話なんだけど、両親もこの状態が望ましいと見たらしい。両親もあれこれ問題はある人だけど、人並みに娘は可愛かったらしく、危ない男性関係もかなり知っていたみたい。

 康太なら医学生で信用はある程度置けるし、康太との関係を認めることによって娘が一人の男に落ち着くのなら、その方がマシぐらいかな。でも、高校一年生の娘にそれを認めざるを得ない家庭環境の方がビックラこくけど。

 これも不思議としか言いようがないけど、キーコさんが康太の下宿に入り浸るようになってから、両親の夫婦関係もヨリを戻したらしい。この辺は理恵先生も又聞きとしてたけど親娘関係も良くなったとか。

 聞けば聞くほど不思議な状態だけど、学校からキーコさんは康太の下宿に帰り、夕食は家に帰って食べてたらしい。そのまま家にいる時もあるけど、そこから堂々と康太の下宿に行く日もあったと言うから普通じゃない。週末や休日はもちろん泊まり込みで入り浸りかな。

 普通の家ならあり得ない状態だけど、なんとなくそれで落ち着いてしまったとしか言いようがないみたい。これって、やっぱり、

「なかったとは言えないと思うよ。婿が医者なら玉の輿だものね」

 恵梨香も同じ意見だけど、康太は学生ではあるけど、卒業すれば医者になるのよね。恵梨香もこうやって体験してるけど、医者の嫁ってだけで世間からは良縁と見られるもの。高校一年生なのはちょっと早いけど、両親の感覚としては許婚ぐらいだったかもしれない。

 康太が医学生じゃなかったら、それこそ淫行で訴えられていたかもしれないよね。それでも康太も良くやったと思うよ。康太と付き合い始めてからキーコさんは確実に変わっているんだよ。

 例の大喧嘩もキーコさんの夜遊びがキッカケだったらしいけど、それもパッタリとなくなり、それまで休み勝ちだった学校も毎日通うようになったんだって。見ようによっては夜遊びや、男関係が康太一本になったのかもしれないけど、それ以外は普通の高校生になったぐらいかな。

 友だち関係も変わって、怪しい連中から普通の友だちになったで良さそう。そんな女友だちを引き連れて康太の下宿で泊ったって言うからすごいし、キーコさん以外の女友だちも、気楽に康太の下宿に遊びに行くようにもなったって言うから驚くよ。

 康太は人生相談や恋愛相談にも乗ってやり、さらに恋人紹介の橋渡しもやっていたらしい。どうもだけど、康太とキーコさんは女友達からすれば夫婦同然で、康太に襲われるなんて夢にも思わなかったらしい。あの頃に五つも年上なら大人に見えるものね。

 なんとなく思うのだけど、康太はキーコさんの家庭環境に深く同情した気がする。康太の家庭もお袋さんがあんな人だったから、キーコさんには温かい家庭を与えようとしてたんじゃないかな。

 それを心のどこかで求め続けていたキーコさんは、康太を得ることで荒れていた心が落ち着き、やっと自分の居場所を見つけたぐらいで良いと思う。キーコさんは康太を掛け替えのない人として愛し、康太もキーコさんの愛に応えないはずがないじゃないか。

 坂崎先生が康太とキーコさんは仲の良い夫婦にしか見えなかったと言ってたけど、本当にそうだったとしか思えないものね。それにして理恵先生は良く知ってるな。

「ああ、それ。キーコに聞いたのよ」
「会ってたのですか」

 理恵先生は遠くを見るように、

「会ったよ・・・」

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