シティー「降格」の危機⑥ーEPLの財務規制の内容とシティーの容疑、オーナーによる損失補填とは?
前回は、UEFAのファイナンシャル・フェアプレー(FFP)を簡単に解説した。そして、UEFAの失態によって多くの証拠が「時効」にかかり、いわゆる欧州スポーツ裁判所で実質的な訴え(不正会計)が退けられたことも指摘した。ここで、キーとなるのがこの「時効」である。
目次
1.プレミアリーグには時効がない
2.PSRとは
3.シティーの容疑
1.プレミアリーグには時効がない
プレミアリーグの財務規則の中にも、FFPと類似する規則が存在する。それが、”Profit and Sutainability Rules (PSR)"である。日本語訳をするならば、「利益と持続可能性のためのルール」となるであろうか。制定されたのは2013年で、2011年に制定されたFFPの後のことである。
両者とも規定内容はほぼ同じであるが、最も大きな違いはPSRには「時効」がないということだ(FFPには「5年の時効」がある。)それに対して、FFPでは5年の時効にかかり十分に立証できなかった。
つまり、PSRには時効がないので、シティーの容疑を立証できるのではないか。とされている。
また、その名称に"Sustainability(持続可能性)"という単語が入っていることにも注意しよう。これはプレミアリーグの持続可能性を目的とする規定である。「ファイナンシャル・フェアプレー」という言葉は、ニュアンス的に特定のチームを規制しようという印象を与える。この点から、UEFAは2023年より、FFPを"Financial sustainability regulations"と名前を変えた。
前に言及したように、「サッカー」はヨーロッパにとっては「文化的公共財」である。また、その母国イングランドにとっては、国民のアイデンティティーでもある。「持続可能性」が問題にされるのは当然だと思われる。
2.PSRとは
さて、PSRの要点を述べると、
① クラブの過去3年間の損失は計105millionポンド(約200億円)を超えてはならない。
② クラブのキャッシュフローは、過去3年間でマイナス15millionポンド(約28億円)を下回ってはいけない。
である。
それでは、①と②どちらの規則を守るのが難しいであろうか。もう一度、FFPで計算される収益と経費の項目を上げてみよう。
サッカーによる経済的収益とは、リーグ戦・カップ戦の賞金、放映権料、スタジアムの入場料、広告・スポンサー料、グッズの販売料、マーケティング収入、選手契約の譲渡収入(移籍金)である。
経費とは、人件費(選手、監督の報酬を含む)、営業費用、選手契約購入による選手獲得費(移籍金)、借入金の返済である。
経済的収益はほぼ全てがキャッシュで入ってくる。移籍金については現在分割払いをするのが、サッカー界の慣習となっている(キャッシュフローに単年でダメージを与えないようにするため。)FFPに合わせて3年間の分割払いが多い。
それに対して、経費はどうか。これも移籍金は分割払いができる。しかし、問題は3年間で許されるのは、キャッシュフローがマイナス15millionポンド(約28億円)という厳しさである。
シティの移籍金最高額は、ジャック・グリーリッシュ選手の1億ポンド(約187億円)である。この契約単体で考えると、シティーは3年間の間にキャッシュフローを75mポンド(約159億円)増やさなければならない。
損益の方は、合法的に選手の契約を延長することで、数字は何とかなる(例えば、MLBの大谷選手の契約を思い起こしてほしい。)
3.シティーの容疑
さて、シティーの容疑が結局なんだったかというと、2点、①広告・スポンサー料のオーナーによる補填。
②選手・監督の報酬の過少申告であった。
①は、主にキャッシュフローを規定以内におさめるために使ったと思われる。もちろん、損失補填の意味合いもある。
②は、それでも損失が規定以内に収まらなくなったため、過少申告せざるを得なくなったと思われる。
まず、②は会計士でなくとも違法な行為であることは分かる。問題は、①である。シティーのメインスポンサーは、主にUAEの国営企業である(エミレーツ航空等。)
もちろん、契約の自由があるのでシティーとスポンサーがどれだけ巨額の契約を結ぼうと違法ではない。
しかし、今回の件では、そのエミレーツ航空との契約金のうち95%の部分がスポンサーから支払われていなかった、とEPL側は主張している。つまり、オーナーが出していたのである。この点は、PSRによって禁じられている。
FFPもPSRもこのオーナーがキャッシュを自由に補填できることを取り締まりたいのである。
新しいオーナー達は投資家である。たとえ「ビリオネア」でも様々な資産を持っていると思う。そして、多くは有価証券や固定資産があろう。もちろん、投資に成功しているからには、キャッシュをそのまま、銀行口座に眠らせはしないだろう。
すなわち、UAEの王族のように、ポンとお小遣いのようにキャッシュを出せないのである。この点で、クラブ間に不平等な競争が生まれていると、UEFAやEPL側、新しいオーナー達は考えているのである。
次回は、このオーナーによるキャッシュの補填を取り締まる新しいルールについて解説したい。それは、広告・スポンサー料の実質的価値をEPL側があらかじめ査定するというかなり踏み込んだものである(契約の自由という近代の重要な法原則に踏み込んだものである。)”Associated Party Transaction rules(APT)"と呼ばれるものである。
そして、このルールに対してシティーがプレミアリーグに対して起こした訴訟についても紹介する。
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