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書評:『暗躍の球史 根本陸夫が動いた時代』、高橋安幸著、集英社、2024年

読んでいて、ふと「白洲次郎」を思い出した。白洲次郎は、百姓から時の首相吉田茂、イギリスの貴族、マッカーサーまで、分けへだけなく付き合ったことが知られている。
そのような稀有な「才能」を根本陸夫は、持っていたんだなと思った。

本書の内容ついては、著者が「はじめに」の中で、概要を書いているので、それを読んで、興味がある方は、ぜひ本書を手に取っていただきたい。

私は、根本が活躍した時代に生まれていなかったか物心がついていなかったため、根本の伝説的トレードやドラフトについて、ほとんど知っていなかった。色々、勉強にはなったが、少し読むのに苦労した。

根本と白州の、共通点として「資産家」の家に生まれたことがあげられる。私も大学時代の友人に「資産家」の跡取りがいたが、彼らについては、何とも言えない「余裕」があるのである。
そのとき、感じたのは、この人たちは「お金のために行動する」という、誰もが持つ「行動原理」がないので、打算的に行動するということがないということである。

これが、根本が「GM」として成功した理由ではないだろうか。根本の6000人の人脈には、政財界の大物、ヤクザ、地方の少年野球コーチまでいたことが、書かれている。
打算的に行動していれば、どこかで「悪評」が立ち、ネットワークは即座に解体したであろう。

NFLの元GMによれば、GMの仕事は、「情報ビジネス」である。スカウトが上げてくる情報、メディアからの情報、コーチが上げてくる情報、そして代理人が持つ情報等を集めるのが仕事である。
そのために、幅広い人付き合いネットワークが必要になるのである。

そして、最も難しいのは、「オーナー」との付き合い方である。私の良く知るアメリカのスポーツの世界では、オーナー達は大抵が「ビジネス」に成功した「ビリオネア(資産を1000億円以上持つ者)」である。

そして、重要なのは、スポーツビジネスは往々にして、「初期投資が花を結ばない世界」であるということである。良い選手を高額で取ってきても、活躍しないというのは、日常茶飯事であるし、他の選手が二流であれば、チームが勝つとも言えない。

ここに、GMの難しさがあると思う。オーナー達は、自らは他の「ビジネス」の成功者であるため、色々口出しをしてくる。しかし、スポーツビジネスについては、素人なのである。そして、初期投資が花を結ばない世界である。「誰がいい選手か」「どのようなチーム編成がいいのか」このようなことは分からないのである。

もちろん、GMはオーナーに雇用されているので、オーナーの信頼を得られなければ、即座に首にされる。このようなオーナーのチームが、成功することはまれである。

その点、根本はどのオーナーからも「全権委任」されている。根本が成功した一番の理由は、「オーナー」との付き合い方がうまかったからではないか、と思う。

この点、本書では、オーナーへのインタビューはされていない。根本が鬼籍に入っているので、存命のオーナーがいるとは思えないが、存命であれば、そのインタビューも興味深いものとなるであろう。

以上、私が感じたことであるが、本書には根本に関わった多くの方のインタビューが、掲載されている。それぞれの「根本像」は多種多様である。これは、根本がその人を見て、その人に接して来た証なのではないだろうか。

本書を、根本の人物像を統一的に書いたものではなく、根本という光をプリズムを通して観察したものとして読むと興味深いのではないだろうか。


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