引き算の辛さ、すべてを救えないつらさ

夏の甲子園中止

夏の甲子園が中止。合わせて地方大会も中止ということで、甲子園での活躍を目指して強豪校で汗を流していた野球エリートの球児、地方大会1勝や上位進出を目指して頑張っていた普通の高校球児共に区切りとなる場所を奪われたことは想像を絶する。

全てを救うことができない現状

高野連の発表を聞いて何とかやらせてあげたいと思いつつ、高校生の本分はたとえスポーツ推薦で入ってきたにしろ何にしろ、学業であるので、相当厳しいな・・・というのは想像に難くない。8月下旬には秋季大会(次の学年の春の甲子園予選)が始まるからだ。

・部活動停止期間による準備不足のリカバー期間が必要

・例年より短縮される夏休み

・審判員、医師の帯同が必要だが、ボランティアに頼っているので、普段休みがとりやすく、その責務を多く務めてらっしゃる公務員、インフラ系のお仕事をされている方々が今は一番忙しい。医療機関は言うまでもない

・球場によっては8月末まで使用停止の場所があるなど、場所の確保も難しい

物理的に夏の甲子園を開催するのは不可能であることは明白である。明白であるから、非常に辛い。

問われる大人の力量、死に場所を作る

おかやま山陽高校の堤監督のおっしゃる通り、大人は、三年生には高校野球を締めくくる場を何としても作ってあげてほしい。別所哲也氏がフジテレビのニュースで「人生には祭りが必要」と泣きながら仰っていましたが、本当にその通りで、祭りとは区切りであり、区切りとは死に場所。

練習試合でも、大会形式でもなんでもいい。野球やり切ったな、2年半楽しかったなと思える区切りを一人でも多くの高校球児が味わえることを心から願っています。

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