見出し画像

『流れ星』その3(完)

お互いに初めてのキスって訳ではなかったけど、ここに辿りつくまでが長すぎて、一緒にいて楽しかったから、それを壊すのが怖かった。でも、そのままなのも辛かったから、流れ星に運命を委ねたんだ。結局星は流れなかったけど、お互いをゆっくり考える時間が持てたから、良かったんだと今なら思える。何となくギコチない長いキスの後に、少し恥ずかしげにうつむいて、「ありがとう」って短く言った僕に、彼女は「うん!」とだけ短く答えて天を仰いだ。次の言葉を待って彼女の瞳を見ていると、その瞳の中に突然オレンジ色の光がサッと流れた。慌てて空に目を移した僕の瞳にも流れ星のシッポが映る。二人が同時に「あっ!」って言って、どちらも笑いが込み上げてきて、「間の悪い流れ星だなあ!」って言ったのがキッカケに、腹を抱えて笑いだした。これが生まれて初めて流れ星を見た時の話なんだ。そして昨夜、何げに夜空を眺めていたら流れ星がスッと走った。随分昔のことだけど、その流れ星が、女房とのそんな思い出を蘇らせた。もう40年近くも前のことなのに、今でも鮮明に覚えている。そう、今日のように澄み切った、抜けるような空の日のことだった。決して戻れない日のことなんだけど、誰かに聞いて欲しかったんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?