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やっぱりおっぱい〜がんサバイバーの日常〜 第7話

2月4日、セカンドオピニオンを受けに、千葉県にあるクリニックを訪れた。
母の紹介ということもあり、わざわざ上京してくれて。綺麗な病院(笑)


こちらの先生によると、右胸は全体切除、左胸に関しては、追加切除はせずに、放射線治療だけで良いのではないかと言われる。アメリカではこういう症例が多いのだとか。
選択肢がまた増えた。

この一週間、感情の乱高下が激しくなる。突然泣き出すことが増えた。
何もないのに父に電話をする。
「こればかりは自分で乗り越えるしかない」と言われる。
迷っている私にも「お前はいつも楽な方を選択するなぁ」とも。

さすがに2回目の手術となるので、まだ告知していない妹にも連絡をしようかと言われたが、私自身がまだ妹にこの姿を見せることができないと、そこでまた落ち込んでしまう。本当に泣いてばかりの日々。

2月9日、友達と、栃木にいちご狩り行き、酒蔵で搾りたての純米大吟醸を試飲し、餃子を食べるという、栃木満喫ツアー。

こうやって友達と会うことで、メンタルは安定したりする。
友達も状況がわかっているから、あえて何も言わないでくれるのが嬉しかったりした。



2月13日、セカンドオピニオンの結果もまだ伝えていないけれど、とりあえず、今の主治医に手術をしてもらうべく、入院前の検査へ。
血液検査、心電図、肺活量、レントゲンは前回と同じ。
手術は3月11日に決定。

麻酔科と形成外科も受診。乳房再建の詳しい話をするが、とりあえず、エキスパンダーを入れる方向で話がまとまる。
現状、胸に入れるシリコンで良いものがないので、まずはがんの治療に専念。

2月16〜18日、ある講座を受講する。とにかく今までとは違う脳みそを使い、体もヘトヘトになる。自分と向き合うことは辛いことだけれど、楽しい時間でもある。
がんになったからわかること、得られるものってあるんだよね。
キャンサーギフトというらしい。

散々迷ったけれど、セカンドオピニオンをしてくれた先生に、断りの電話をして、今お世話になっている主治医に手術をお願いすることにした。
決め手は、やはり12月に手術をしてくれたこと、入院先の勝手も知っていることだから。もう迷わない!

2月23日、誕生日。42歳になりました。SNSにはたくさんのメッセージやコメントをもらいました。
実はまだ、再手術をすることは公表していない。まさか、皆も再手術をするなんて思ってもいないだろうし、だけど、会話が噛み合っていないこともうすうす感じているのもわかる。

3月1日、昔住んでいたシェアハウスのメンバーとランチ。夜はレンタルスペースを借りて牡蠣パーティ。こうやってみんなと過ごすのは楽しい。

もうすぐ手術だというのに、週末に淡路島に1泊2日の旅行を決めてしまった。
入院直前で大丈夫かと自分にツッコミを入れるほど(笑)

3月5日、実家から物資が届く。コロナの影響で、マスク、消毒液、トイレットペーパー、ティッシュ、米、冷凍食品など、こぞってスーパーやコンビニから消えた。
一時的な買い占めで、翌週には回復すると思っていた。

今クール放送されている、「アライブ」というドラマがある。がんをテーマにした病院もの。自分とリンクする内容のせいか、タイムリーに見れず、次の日の昼間に見ることにしていた。余計なことを考えるから観ない方がよいのにと思うけれど、知りたい欲求もあるのだ。

3月6日、クリニックから「手術の同意書にサインしてください」と電話がかかってきた。
前日でいいって言われたんだけど。ギリギリの時間にクリニックに行き、サインを済ませる。

3月7、8日。
来週手術を控えているのに、淡路島に1泊2日の弾丸旅行へ。
1番の目的は酵素風呂に入ること。実はここ、有名なスポーツ選手や芸能人も通っているとか。
一番ワクワクしていた私は、ここの経営者の方に「とてもがんには見えない」と元気な様子に笑ってくれた。
約20分、じっくり汗をかいた。ここは時間があればまた訪れたい場所の一つになった。

民宿での料理もこれでもかという量が出てきて、みんなで笑いながら、お腹がはち切れそうなくらい食べた。

翌日は、徳島の渦潮を見に行った。風が強く、橋の上はぐらぐらしていて、若干酔いそうになったけれど、渦潮の力強さはビンビン感じた。

3月9日、入院の準備を終えた。冷蔵庫が空っぽになってしまっていたが、ちょうど友達が少人数でイベントをしているということで、顔を出しつつ、ご飯を済ませてきた。
もう、何もすることはないとわかっているけれど、どこか不安があって、友達と話ができてよかったと思う。

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