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彼女に振られたので山暮らししようかと思う。#13

ラブストーリーは突然に始まるが、終わりもまたしかり

私には娘が2人いる。
10年前、妻は子供たちを残して恋人の元へと去っていった。
私は振られてばかりだが、この時は私も悪い。娘たちを溺愛しすぎて妻のことはほったらかしだったから。
それから3年ほど私と娘二人とで3人暮らしだった。それは私の人生のなかで一番大変で一番幸福な時期だった。
次女が小学校にあがるタイミングで、前妻は新しい旦那とお腹の中に弟をたずさえて、まるで回収業者みたいな顔で娘たちを引き取りにきた。
もちろん私は娘たちを手放したくなかったが、これから思春期を迎えていく子供たちには母親が必要だと思ったし、何より私には娘たちに「家族」を作ってあげることができない。ナメック星人ではないのだから。

それから7年がたった。
「パパは彼女作っちゃダメ」と理不尽に言い渡されていた私はコソコソと恋人と付き合っていたが、それも終わった。
今長女は中学3年で、週に1度私の家で勉強会をしている。
彼女は受験生という自覚が欠落しており、なんとかなるでしょ~と日々好きな歌ばかり歌っているので(誰に似たのだ……)、隔離して机に向かってもらっている。とはいえ、勉強はついでで、ほぼ私のギターがいじりたくて来ているような気もするが……。

ここで、わぁヨッシャマンはギターも弾けるんだ~と思うのは早合点である。
私は全く弾けない。
このギターは、長女が産まれた時に買ったものだ。誕生記念に何か楽器を始めようと思ってギターを選んだのだ。娘の年齢と私のギター歴が同じというのがすごく魅力的な気がして。
当時はアパートに住んでいたので、ためし弾きをした時のあまりの音の大きさに心底びびった。これは無理だ、と思った。一戸建てを買ってから始めるべきものだ、と。
結局1音だけ鳴らしたギターは封印されることになった。勇者がそれを解くまで。
娘の受験が終われば、私のギターの守護神としての役目は終わり、彼女がその使い手となるだろう。

話を戻して勉強会。
その際に、私たちは色々な話をする。
当然、この先の進路についても。
娘は勉強が嫌いだから大学には行かない、と言っていた。早く家を出たいから高校を卒業したら独り暮らしをするのだと。
異論はない。彼女がしたいようにさせてあげたいし、そのためのサポートはするつもりでいた。
しかし、長女がぽつんとこう言ったのだ。

「ほんとはここに戻ってくるのが理想だけど」

え……?

「独り暮らししたかったんじゃないの?」
「だってパパ、ここを売って山に住むって言ってるじゃん」

気を使われてた。
気を使われてた!
娘に気を使われていた!!

娘というのは、おそらく多くの父親にとって最強のカードだと思う。いわばジョーカーである。
その言葉は絶対で、神託よりも重い。(ご神託受けたことないけど)
自分の人生と娘の人生とをはかりにかけた時、それはもはや天秤台に乗せるまでもないことである。
娘が「理想」とまで言ってくれた生活を私が叶えなくてどうする。(ちっちゃい理想だなぁ)

「分かった!家を売るのはやめよう」
「いいの?」
「もちろん」
今の娘の顔をみる限り、十分その価値はある。

「だけど」と私は言った。「この家、おもしろみないじゃん」
あわよくば山暮らしを娘とできないかという下心があったのだと思う。
娘は、それを見透かすかのようにまっすぐに私の目をみて、幼子に言い聞かせるみたいにこう言った。
「ねぇ、パパ。私は家におもしろみなんて求めてないの」

なん……だと……

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