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僕の音楽体験 vol.21 日野元彦さんとの思い出 ソニー・ロリンズ East Broadway Run Down

僕の音楽体験 vol.21 日野元彦さんとの思い出 ソニー・ロリンズ East Broadway Run Down

それはジャズミュージシャンを目指して上京した1987年ごろ。
一人の先輩ピアニストN氏を頼っての上京でした。
もちろんすぐに仕事があるとも思っていなかったので少しの蓄えを大阪で工面して
家賃も最低の木造アパート風呂なしのところに住む事に。

練習もできないようなアパートですし
練習スタジオに行くお金も無かったので練習は公園にて。
とにかく時間がたっぷりとあったので朝から晩まで練習でした。
しかしずっと同じところにいるのはかなり怪しまれるので
朝の練習の公園、昼の公園、夜の公園と分けていく事に。

朝の公園はゲートボールのお爺さんお婆さん達と陣取り合戦に。

昼の公園は暑さをしのげる木陰の多めのところに。
しかし、信じてもらえないかもしれませんが、
気がつくと鳥が集まってくるのです。
まるでセロ弾きのゴーシュです。

そして下校の子供達の餌食に。

夜は雨もしのぐための公園の歩道橋の下で。
ここは交通量の多いところだったのでかえって近所迷惑にならなかったようです。

様々な公園にて時折、行き交う人が声をかけてくれました。
中には有名なベーシストも。

さて先輩ピアニストN氏も僕を常時雇う余裕はなかったのですが
時折、仕事を回してくれたりしました。
その先輩N氏は当時、日野元彦さんのバンドのピアニスト。
僕も良く現場について行って側で聞いていました。

日野元彦さんはご存知の方も多いようにトランペッターの日野皓正さんの弟です。
そして当時、六本木のライブハウス、アルフィーのママと結婚したばかりでした。

アルフィーはどちらかというとボーカルとピアノ伴奏、もしくはそれにベースが加わるという
そんな形態で毎日ライブが行われていたのですが
新婚の日野元彦さん(以後トコさんと記する)がドラムセットを持ち込み
ライブの最後の方で飛び入り参加するということが増えているところでした。

そのうち、ライブとしてもトコさんを中心としたライブもブッキングされるようになり
ドラム入りのボーカル無しのライブを行われるようになっていきます。
そんなアルフィーの過渡期とも言えるところに自分は上京し
先輩ピアニストの紹介もあって、ライブの終わり頃にチャージなしで入れてもらい
最後に飛び入りで一曲演奏させてもらう日々が続きました。
何しろ上京したてで知り合いもおらず
まずは知ってもらわなくてはならないという
アルフィーのママの心遣いもありました。
その意味では、今の自分があるのはこの頃のママの計らいがあってのこと。
六本木に足を向けて寝ることは出来ません。

さてそんな事をしているうちに日野元彦さんと共演する機会も得て
なんと、トリオへの参加の話をいただきました。
当時はフュージョンなどが全盛時代で
アコースティックなジャズやウッドベースを弾く若者が珍しかったせいもあります。
ライブには時折ゲストで日野皓正さんも入って。

その時のピアニストは先輩N氏でしたが
時折、まだ芸大生だった塩谷哲くんだったりもしました。

残念な事に自分の実力不足でこのトリオは長続きする事なく取りやめに。
しかしその時、日野元彦さんと共演しとという事によって
沢山の方に知ってもらい、仕事のお声がけをいただけるようになりました。
佐藤允彦さんのトリオへの参加もトコさんのおかげです。

トコさんと知り合ってから、トコさんの家にも招いてもらったりしました。
そこで、トコさんの理想とするジャズや音楽など
深い話、思い出話、これからの展望などを熱く語っていただきました。
そしてレコードをたくさん聞かせてもらい
その中の一枚がソニー・ロリンズの「East Broadway Run Down」でした。

当時はインターネットなども無く、ジャズ喫茶やラジオ
そして人伝てにしか情報も行き渡らず
ソニー・ロリンズのことは知っていてもこのアルバムの事は知りませんでした。
聞いた瞬間からガツンと殴られたような衝撃の演奏。
ピアノがいないこともあってか自由で
テンポも自在に変化して
イマジネーションが湧き出るような音の渦。
それでいて地に足のついた落ち着いたうねるグルーブ感。
どれを取っても最上級の演奏。
そして決して完成形を求めない、あるがままの情熱がそこにありました。
トコさんがジャズという音楽に求めているものをそこに確かに感じました。
実際、トコさんはそれまでの常識というものにとらわれる事なく
自分の感性に従い、聞いた事のないアプローチもやる勇気がありました。

これこそジャズが本来持っている底知れぬ創造性だと思います。
この日、一緒にレコードを聴きながら語らいあった思い出は
情報過多の現代のジャズが失いそうになっているもの、
いろんなパーツを拾い上げて組み立ててしまう現代の芸術に相対する
人間の奥底から出てくる本物の命の音。
そんなものを思い出させてくれます。

人間の人生は、出会った人によって形作られていく。
自分の歩む道に迷った時に思い出す
道しるべのような出来事としていつまでも心に留めているのでした。


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