5月20日 【真実率20%】IKKOは建国しようとしている。

 昼休み、梅雨が近い空はどんよりと雲に覆われていた。僕はのんきにセブンイレブンのそばを啜っていた。

「お前、次テストあるけど大丈夫なの?」
 志摩君は、手持ち無沙汰に言った。彼は今体重を気にしているので、飯を食っていない。
「何が?」
「だって英語できないでしょ、んなのんびりしてていいわけ?」

 彼は、僕の英語力の有様を四年近く間近で見ている。
 僕は英語が得意ではない。英単語を覚えることを後回ししすぎた結果、やる気と英単語長は僕を置いてけぼりにして先へ行ってしまっていた。語彙に乏しい人間が文法を覚えたところで、中身が伴ってないのだからどうにもならない。僕の英語力は、中学生で止まっているのだ。
 しかし今回は少し違う。

「大丈夫、僕は昨日oasisのベスト盤を聞いている」
 僕は胸を張って言った。
「スピードラーニングってあるだろう? 本質はそれと同じさ」
「日本語訳知らないだろ」
「知らないとも」
「単位落とすぜおい」
 彼は眉をひそめながら言った。
 僕はすかさず論点をすり替えた。

「しかしね、僕はそもそも成績というもの自体の価値を疑っているんだよ。表面上の数字だけをみて人を評価しようだなんておこがましいだろ。そこに至る心意気や誠意もしっかり見定めてほしいね」
「だとしても低いだろ」
「なに? ハリポタもダレンシャンもタラダンカンも読んでるのにか」
「日本語訳だろ」
「そうとも」
「そこだぞ! なあ!」
 志摩君は腕を組んで唸った。

「そんな意固地に詭弁を語るなよ。お前は陰謀論を散布しかねない。不安だ」
「僕は真実を語っているんだ。政府にだまされるなよ」
 僕はカップに残った汁をすすった。
「疑惑が深まった。不安だ」
「5G、あれはだめだね」
「お、始まった」
「あの電波は体に悪影響なのさ」
「悪影響って具体的になんだよ」
「……悪くなるんだよ」
「何が」
「…………歯並びが」
「考えて物を言えよ」
「ゆっくり奥歯が右にずれていくんだ。痛いぞ。怖いぞ」

 僕は、空になったカップをビニールに入れた。
「それじゃあ、新しい陰謀論でも考えますか」
「それじゃあって何?」
「いやあ、ほら。先回りして陰謀論を考えることで、僕らは騙されずにすむだろ」
「大義名分を得たね」

「陰謀論と相性がいいのは、やっぱ新しいテクノロジーだな」
「コロナワクチンとか5Gとかか」
「最近で言ったら、やっぱAIでしょう」
「なるほどねえ……」
 志摩君は、顎に手を当てて、しばらく唸った。
「AIは、実は全部嘘だ」
「お、幸先いいね」
「考えてみろよ、機械があそこまで人間らしくふるまえると思うか?」
「ほうほう」
「つまり、中には人間がいる、と考えたほうが自然なわけだ。では誰がAIに成りすましているか」
「ほう!」

「all is  IKKO……そう、IKKOさ」

「なんでだよ」
「知らん」
「少し突飛じゃないかい?」
「これくらいで調度いいでしょう。陰謀論なんて」
「根も葉もなさは張りあってるね」
「一応IKKOは秘密結社のメンバーということにしとくか」
「多分kabaちゃんとかも一緒だ」

 しかし、一つ僕には気になることがあった。
「ん、でも少し変だな。世界中で使われているサービスを一人で支えてるのかい」
「確かになあ。身一つじゃ持たない」
「身一つじゃないのでは」
「おいおい、風向きが変わったな」
 志摩君は、身を乗り出した。
「IKKOは、一人じゃないのだ!」
 僕は、高らかに宣言した。
「IKKOの「I」。アルファベットだと思ってないかい」

「ちがうのか」
「あれは、ローマ数字の1だ」
「つまり、IKKO=一個とな!?」
「その通り、つまり、二個、三個、四個……と、数字の数だけ、IKKOは増えていく」

「なんでだよ」
「知らん」
 やはり、一番根本の「なぜ」に応えられない。
 なぜIKKOなのかが、答えられない。これは困った。

 すると志摩君が言った。
「まあ、あれだろ。軍隊でも作ろうとしてるんじゃないか」
「IKKO軍団?」
「そう、IKKOはついに日本を見限ってしまったのさ。オカマが少なすぎるってね」
「このご時世、『オカマ』ってワードもちょっと怖いね」
「それはそう」

 志摩君は続けた。
「それでIKKOは、国家転覆を企てた。自分がAIになることで、世界中から富、情報を集め、いずれは日本を討ち取るのさ」
「なるほど! それだと色々辻褄が合うな!」
 志摩君は僕よりも成績がよい。さすがだ。
「そうしてできた国が、カマバッカ王国ってわけ」

「なんでだよ」
「知らん」
 インスタントそばのカップを袋ごとゴミ箱に放り込んだ。


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