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『新津今昔物語』『椿真珠物語』

昔々、大神の怒りによって新津新天地が閉ざされる、ずっと昔の事でした…。

新津の都に「連」と呼ばれる若者がおりました。
連は帝の命により新津各地へ赴き、悪さをする妖や悪人を退治しておりました。大きな太刀を軽々と振り回し、血も無く涙も無く、しかし猛々しく連は戦いました。
勇猛なその働きに帝はたいそうお喜びになり、都の民草はいつしか若者を『大連』と呼ぶようになりました。一方、各地で連に成敗された者共は都からやってきた若者を『鬼斬り連』と呼び恐れました。

都より各地へ赴いた大連には、若那と言う恋人がおりました。
若那は竜宮国に近い岬に舞い降りた海女護りの天女でありましたが、天より舞い降りて来たその姿に一目惚れした連は若那の天羽衣を隠してしまいました。
しかし、若菜もまた連を好いており、二人は新津の地上で共に暮らすことを約束しておりました。
戦で大連が討ち取られたと知らせを受けた若那は泣き続け、海は時化り、日は死んだように雲の果てへと姿を消しました。

天下無二の強さを誇った大連は天女の若那を好いてからというもの、すっかり気が優しくなってしまい、戦へ赴く事を嫌がるようになりました。
そんな大連に腹を立てたのは、新津王より授かった連の愛刀『椿切』です。

「貴方様は私(わたくし)と、これまで散々あちこちで、鬼を妖魔を、人間を!斬って斬って斬り捨ててきたというのに!いまさらそれを辞めると申すのですか?貴方は私を伴って、王の命に従わねばならぬというに、たった一人のおなごに惚れて、嫌だと駄々を捏ねるのですか?」

これまで連はそれはそれは沢山の者共をこの『椿切』で斬り殺して参りましたから、いよいよその業が巡って来たのでしょう。
「もうこれで最後」と戦へ向かった大連でしたが、怒った椿切がついにポキリと折れてしまい連の御首は鬼の手によってチョンと刎ねられてしまいました。

すると折れた椿切の切っ先は宙で娘の姿に転身し、連の首を刎ねた鬼の御首を刎ね飛ばします。

「なるほど、主など要りませぬ!人の味も鬼の味も、私はすっかり覚えました故、ほぅらこんなに上手に化けられます。」

娘は地面に転がる2つの骸を蹴り飛ばすと、風の如く戦場を駆けていきました。

荒雲神は申された。
「人の子、連、お前は戦が滅法強い、故に力をくれてやろう。せいぜい地上の憎悪を産む事だ。」

二面神は申された。
「契りをたがうな連尊、貴様が授かる神通力が、大神より新津の王への賜りものと忘れる勿れ。」

イザナ神は申された。
「首を刎ねられたか大連。そなたは生き血を啜り過ぎた。骸もやがては消え失せよう。
 だが、まぁ、我は知っておるぞ、おぬし、尾原の天女を好いたのじゃろう。少しは人の心を持つようなったのじゃから、我は恩赦を与えてやろう。
 いずれ新津が開くまで、おぬしの命はどこへも行かぬ。また好いた娘とも会えようぞ。」

さて、新津の戦で恋人の大連が討たれたと知らせを受けた天女の若那は、悲嘆に暮れて昼となく夜となく泣き続けておりました。
天女が泣くと日は陰り、海は時化って人々は漁へ出ることが出来ません。困り果てた漁師たちは、どうか大時化が治まる様にと大いなる海神へ祈りを捧げました。

すると明くる日、大波を掻き分け水面が湧き上がり、一人の女神が若那の元へとやってきました。

「わらわは『阿古屋貝比売命』なり。
 飛天の娘、泣くのはおよし。皆が困っておりましょう。
 地に暮らせば人と同じく、喜び悲しみを味わうことになるのです。
 好いた男が帰らぬならば、諦めて天の国へとお帰りなさい。
 そなたが失くした天羽衣、わらわが大連より頼まれてずっと預かっておりました。」

「やんごとなき御方、大貝の御前様。私は天へは帰りませぬ。
 あの方がいない地上でも、私はあの方と共に生きて行こうと約束したのでございます。
 私は飛天ではなく人の身となったのです。
 ですが、あぁ、御前様…!人の味わう悲しみの、なんと深き事でしょう…!」

そう言ってまたしくしくと泣き出す若那に、女神は手のひらいっぱいの美しい真珠を差し出して見せました。

「さぁ、ごらんなさい、これはそなたが零した涙を海の底の貝たちが食べて生んだ白玉です。これを見ればそなたがどれだけ連を好いていたか、誰もが一目でわかるでしょう。だから泣くのはおよしなさい。海が時化るはそなたの泣き声が天の国から風を招く故のこと。
 それにわらわもおなご故、好いた者を失のうたそなたの気持ち…痛いほどよくわかるのです…。」

気の毒な若那を哀れに思う貝御前は、慰めることしか出来ぬ悲しみに大粒の涙を零します。それを見た若那は女神の優しさに胸打たれ、ようやく泣き止むことが出来ました。

やがて雲間の向こうからまばゆい陽が地上を照らし、海は穏やかに晴れ渡ります。若那はその後も地上に留まり、尼となって還らぬ連の事を生涯弔ったそうです。

戦で命を落とした恋人の大連を弔う為、尼となって地上へ留まり続けた天女の若那は、五百年の年月を生きました。
若那の心には連への想いがいつまでも消える事なく鮮やかに残っておりました。

やがて若那も歳を取り、地上の命を終える時がやってまいりました。

年老いた若那は初めて連と出会った真珠の岬へ赴いて、そこでかつて連を失い嘆き悲しんでいた自分を慰めてくれた大貝の女神へ祈りました。

「いつか、いつか、あの方が、ひょっこり帰って来て下さるかもしれないと…そんな叶いもしない事を、この長い長い年月の中、願い続けて参りました。
 もうわたくしの命もあと僅かにございます。それでも夢を見るのです。
 やんごとなき方、大貝の御前さま…、若那の最後のお願いにございます。
 わたくしのこの想いを、どうぞあの方に届けてください。
 いつかいつかあの方の御霊が、わたくしを求めてくださいましたならば、どうかあの方とわたくしを、今一度逢わせてやってくださいませ…。」

そして若那は小さな壷に連から貰った歯を入れると、そっと尾原の海へと流しました。
朱色の壷は波間を漂い、やがて海の底へと沈んで行きました。

若那の想いが込められた連の歯は海の底へと沈んでいき、海流によって運ばれて、貝御前の治める貝族の里へと流れ着きました。

貝御前は若那の心を汲み取って、大切に大切に連の歯を預かる事に致しました。

たくさんの宝石貝たちに見守られ、大貝の女神の懐に抱かれた連の歯は、やがて真珠の層に包まれて美しい姫の姿を成しました。

髪も瞳も真珠色の可愛らしい娘子です。

「まあまあ、若那、若那。
 そなたの連に対する思いが、そして連のそなたへの思いが、この娘を形作ったのですね。」

貝御前はその姫を、大事に大事に育てました。

いつかいつか、乙女の想いが、愛する者へと届きますように…と。

鬼のよって首を刎ねられた大連の魂は、イザナ神の深い慈悲を受け、現在『新天地』と呼ばれる地に長い年月留まって消える事はありませんでした。
古の弔いの香炉「撤嘸至於終朱摂」の力によって再び目覚めた大連は、恋人の若那を探し、その足で尾原の民の元へと向かいました。

道中、美しい桜を目にした連は香炉の神へ言いました。本当に綺麗な桜だったのです。

「綺麗じゃのぉ、綺麗じゃのぉ。
 某が死して眠っている間、若那は何度、新津の桜を目にしただろう。
 某は若那を置いてけぼりにしてしもうた事を心残りに思うとる。すまなんだと思うておる…。」

連を蘇らせた香炉の神は、もうずっとずっと長い事、閉ざされた新天地で人に置いてけぼりにされておりました。誰も迎えに来ず、もはや気が狂うかと言う時、撤嘸至於は偶然、連を蘇らせたのです。
連はこの神の孤独や憤りをずっと気にかけておりました。

「人間の時には限りがある、命にも限りがある、そうして果たせぬ約束も、この世にある。
 某には今、痛いほどそれがわかる。だから、某がそなたに謝ろう…。
 人間がそなたに長く寂しい思いをさせた事、許しておくれ、撤嘸至於。
 きっと良き主が見つかるだろう。大切にしてくれる者が見つかるだろう。
 人には、そなたのような葬いを司る者が必要じゃ。
 香が生きて残る者にとっての慰めとなり、煙は死して逝く者にとっての導となる。
 この世の命の生き死にが理ならば、そなたの事を必要とする者は決していなくならない。
 だからどうか、人間を許しておくれ。」

それから連は暫く口を噤んで、そしてこう続けました。

「若那は某を大切に思ってくれた。剣を振るえば帝も民も某を褒めてくれたが若那は某の『そのまんま』を好いてくれた最初のおなごだった。
 尾原のあの真珠の岬に、若那の墓があるならば、…もしもあったとしたならば…若那は某を許してくれるだろうか。尾原の岬で、待っていてくれただろうか?それとも帰らぬ男に愛想を尽かし、とっとと天へ帰ってしもただろうか?」

花びらのように想いは降り積もります。
はたして連の行く先に、若那はいるのでしょうか?

今は昔、新津の地にて。

幾年月の時を超え、『新天地』では新津王の玉座を巡る三国の君主たちが戦を繰り広げておりました。
悪刀の化身、椿姫は戦を求めて駆け出します。

玉座を巡る戦いは、真珠の姫をも駆り立てます。お付きに金色海月の天見を引き連れて、いざいざ姫は戦場へ。

真珠姫が嵐の扇をひとつ仰ぐと、暖かな波がやってきて、青の御旗を撫でました。

「さぁさ舞いましょ、いくさうた。けれどもわたくし、陸の争いには疎うございます。」

海で育った真珠姫、陸地を知らぬ真珠姫に、怖いものなどありません。
姫はくるり回って微笑むと、ふわり空へと飛び上がりました。

西より出でたる真珠姫。波を引き連れ参ります。
東より出でたる椿姫。骸を蹴散らし参ります。

「おまえおまえ、真珠の娘。
 お前からわたくしの主様のにおいがいたしまする。」
「あなたあなた、椿切の娘。
 まぁまぁわたくしは主様のにおいがいたしますの?」

金色水母の天見はキャアと叫んで

「姫さま姫さま、この者は大変あぶのうございます!骸と恨みを食い散らかしてございます!
 姫さま姫さま、この者は『鬼斬り連』のいくさがたなにございます!のろい刀にございます!」

真珠姫の内にかつての主「大連」の影を見た椿姫は、恐ろしい形相で大太刀を振りかざし、真珠姫に斬りかかりました。キャアと驚く真珠姫。大太刀はまっすぐ姫の胸をえぐりぬきますと、そこから見事な大粒の真珠がコロリと転がり出ました。真珠姫はその名の通り「真珠」の化身でありましたから、正体を暴かれた事に驚いた姫の娘姿は、その場からぱっと掻き消えてしまいました。
お付き水母の天見はびっくり仰天し、椿姫に食ってかかります。

「姫様姫様!阿古屋比売様!
 後生ですからお助けください!大事なお方にございます!!
 そなたは存じ上げぬと思います!ですが大事なお方なのです!!」

「そうだ、これから主様のにおいがする!大連の持ち物だ!
 うるさいクラゲめ!こうしてくれる!」

天見の言葉も聞く耳持たず、椿姫はそう叫ぶと、大粒の真珠を拾い上げ、天見の柔らかな金の身体を踏みつけて風の如く駆け去ってしまいました。

真珠姿に戻ってしまった真珠姫。
椿姫の手に握られて戦さ場へ向かう中、真珠姫は自らの内に、夜の海と美しい娘の姿が宿っている事に気がつきました。椿姫はその娘のことをよぉく知っておりましたが、真珠姫はその天女が「若那」という名であることを、その時はまだはっきりとは分かりませんでした。

椿姫に踏んづけられた哀れな金色水母の天見は、息も絶え絶え、天の国へと語り掛けました。

「天の国の神々よ、慈悲深き方々よ。わたくしめの姿をご覧いただけますでしょうか?今はこのようにくらげの姿をしておりまするが、私の事を覚えておいででありましょう!」

すると雲間より陽が差しまして、金色の飛天たちが天の国より舞い降りてまいりました。

「アマミ、アマミ、飛天のアマミ、お前の事、よぉく覚えておりますとも。」

大粒真珠を携えて、荒雲神の加護を受けし『鬼斬り連』の妖魔刀は、通りがかりのキゼンの鬼へと斬りかかりました。

「御首だ御首だ!鬼の御首だ!わたくしめは鬼の首が大好きなのだ!」
「まぁまぁ、いけません!いけません!」

高笑いを挙げながら椿姫は血色の風の如く駆け抜けます。

アマミは真珠姫を探して彷徨っておりました。道中、幾人かの人々とすれ違い、言葉を交わしていきましたが、その姿はずいぶんと様変わりしておりました。

「羽衣をなくされましたか、天女さま。わたくしめが真珠姫より預かっておりますこの羽衣をお使いください。
 はい、はい、からくりさま、わたくしの姫君を探しておりまする。一緒に探していただけませぬか?」

真っ赤な煙の葬雲は、アマミをみつけて言いました。

「おやまぁ、おまえさん、ただのくらげではなかったようで。
 しかしまぁ、おまえさん、私とはずいぶん趣の違うもののようだ。」

懐かしき新津の王都へ踏み入った大連と香炉の神の撤嘸至於。三つの国の君主たちが求める、新津の玉座は目の前です。

連は思い出しました。子供の頃、ここで沢山の兄弟姉妹達と暮していた事。

「玉座は父上のものだった。父上は乱暴者の某を疎んでおいでだったのだ。
 荒雲神の剣に、二面神により大神から授けられた新津王の神通力。二つを振るえば某に倒せぬものは何もなかった。
 某は新津各地の悪者の討伐を命じられ、体よく都を追い払われたのだ。」

するとどこからか娘の声が響いてきます。

「あるじさまあるじさま、あなたさまはわたくしめをふるって随分大勢を斬ってまいりましたのに、
 いまさら小娘ひとりにたぶらかされて、それをやめると申すのですか?
 ほれこのとおり!あるじ殿の足元は生き血で真っ赤にございまするぞ!」

連が足元に目をやりますと、地べたがぐんにゃり捻じ曲がり、かつて連が斬り捨てて来た多くの者共が亡者となって二人に襲い掛かりました。

「ムラジ!ムラジ!『鬼斬り連』!
 我等の血にまみれきった、お前ひとりが許されると思うな!」

「連、しっかりなさい。これは君の通じてきた道なのだろう。
 先ほどの声の子に覚えはあるね?あるじと君をよんでいた、君とともにあった刀だろう?」

戸惑う連を傍目に撤嘸至於が言いました。

「行っておあげ、あれはきっと寂しいのだよ。互いに言葉を交えないのはよろしくない、あの子とちゃんと話しておいで。
 煙の道を行きなさい。どこに行けばいいかは君自身に聞くといい。
 大丈夫、僕と離れたって消えやしない。君が僕を覚えていてくれる限り。」

香炉から漏れた煙に辺りが包まれて、その中すっとに伸びた一筋に連を導きます。

「早くいけ、さっさと行かないとお前も一緒にくべてしまうぞ。」

後ろを振り返れば、撤嘸至於の姿はもう見えません。香炉の神は、若那を求める連の背中を押したのです。

「撤嘸至於!撤嘸至於!お前と某の旅はまだ終わりではないぞ!必ず戻ってくるのだぞ!!」

恨みを抱いて嘆く亡者達を導く香炉の神の撤嘸至於。

誰かがしくしくと申します。「私には家族がおりましたのに」
誰かが口惜しそうに申します。「私には守らねばならぬ民がおりましたのに」

「神様、神様、私共が死者ならば、どこへむかえば良いのでしょう?」
「殺した者を憎むことなく、どこへ向かえばよいのでしょう?」

どれもこれも、今からずっとずっと昔のこと、遠い遠い記憶のかけら達。
香炉の煙はその思いの一つ一つを包み込んで、黄泉の路へと導いていきます。

ふと、そんな撤嘸至於の元へ、煙に導かれて金色の翼に金の髪のまばゆく輝く飛天が舞い降りて参りました。
飛天は良く通る美しい声で歌うように申しました。

「こんにちわ、悼む方、導きの方。私は飛天の『アマミ』。
 この新津の地にて、あるお方の大切な姫君にお仕えしておりましたところ、その姫とはぐれてしまい、今は必死に探しておるところにございます。
 私には飛天の仲間に託されました、大事な約束がございます。その小さな姫君を、いま亡き新津の末の皇子に会わせてやらねばならぬのです。どちらもてんで見つかりませぬが、見かけたことはありませぬか?
 末の皇子は連尊、姫は真珠と申します。」

さて、亡者の手を掻い潜り、香炉の神・撤嘸至於の煙に導かれて連は駆けていきました。

連は撤嘸至於が手渡してくれた紐飾りを握り締め、ひたすら走り続けます。王都の道を突き進み、向かうは連が生まれた新津の王宮です。
この先に若那はいるのでしょうか?それすら彼にはわかりません。

駆け抜ける彼の目の前に、一陣の風が吹きました。鋭く野蛮で、血色をしたその風は、娘の姿で連の行く手を阻みます。

「あるじ様!私を覚えておいででしょう!?」
「左様、某は貴様を覚えているとも、椿切刀!!」

連に刃を向けた椿姫は、声高々に申します。

「あなた様はわたくしと、鬼を妖魔を人間を、斬り捨てる旅を続けねばなりません!
 あなた様はそのように父王に命ぜられたはずでございます!誓いを違ってはいけませぬ!あなた様は荒雲神よりわたくしを授かった、御諌めするのもわたくしの役目にございます!」

「某は人斬り剣ではないのだ、首切り刀!鬼も妖魔も人間も、某は斬るのはやめたのだ!認められるために人を斬って、ただ命令に従うだけの、道具になるのは辞めたのだ!!」

「あなた様が鬼斬りをやめたとて、私は辞めたりしませぬぞ!わたくしは剣にございます!わたくしはそういうものにございます!
 さぁさ私を握っておいきなさい!!また斬って回るのです!!
 いかぬのならば貴様などもう要らぬ!!その御首わたくしに斬られてしまえ!!御首だ御首だ!!そうだ、わたくしは鬼斬り連の御首がほしくてたまらない!!」

言うと姫は剣を振りかざし、連に襲い掛かります。

「まぁま、喧嘩はおやめなさい!
 御首を斬るなんて恐ろしい…さぁさ、そんなものは仕舞いましょう?
 仲直りをいたしましょう?」

どこかで声が聞こえます。鈴のように愛らしい娘の声が連の耳に届きました。
連はその声を、たいそう懐かしく感じ…

「…若那!」

―― 一瞬の隙をつき、椿切刀の刃が連の御首にかかりました。

一瞬の隙をつき、椿切刀の斬撃が連の御首にかかります。
何百年も生き物の血を吸い続けた凶暴な刃は ヒュボリッ と音を立てて彼の首を刎ね飛ばしました。

いいえ、そのはずでした。それは空を斬る音だったのです。

「まぁ!」と椿姫は驚きの声を上げ、再び連を斬りつけます。いくら斬っても、斬っても斬っても、連を傷つけることが出来ません。まるで霧か霞のように、刃は連の身体を通り抜けてしまうのです。

さぁ、椿姫は驚きのあまり「あぁ!主様はバケモノだ!」と声を上げました。椿姫に斬れぬものなど、この世にはなかったはずなのに!
すると連はピシャリと姫に言い放ちます。天も割らんとするような怒鳴り声です。

「馬鹿者!刀で亡者が斬れるとでも思うたか!貴様の前に見えておる某の姿は、弔い香炉の黄泉送りの煙が形を成した姿じゃ!
 鬼人に化けて何百年も『者』を斬るの一つ覚えで、お前は何も学んではこんかったらしい!そんな刀の変化風情に某の御首がとれるものか!某は新津国の『鬼斬りの大連』ぞ!!」

椿姫は恐怖のあまり「きゃぁ!」と泣き叫ぶと、その姿は元の折れた大刀の切っ先に戻ってしまいました。

「あぁ!あるじ様など大っ嫌い!!つばきはあるじさまなどだいきらいです!!」

持ち手を失い、ガシャリと音を立てて地に落ちた悪刀を、連は元の鞘に納めます。連が死んでからもずっと手放すことのなかった、椿切刀の大鞘です。連の魂はイザナ神によってこの鞘の中へ納められ、来るべき日を待ち続けていたのです。

「…某が死んでから、一体どれほどの年月が流れただろう。
 お前はまだまだ元気な様じゃ、今からでも人の世に渡り、斬る以外の事柄を学ぶがいい。若那が某を大切にしてくれたように、戦う以外の事を知るがいい。世の中は広い、人は悪党だけではなく親切な者もおる、花も驚くほど美しい、今からでも、遅くは無い。」

連の心に生前の思い出が蘇ります。
椿切刀は連が父王より授けられた唯一の贈り物でしたから、連にとっても彼女は大切な剣でした。命じられるまま、椿切刀とたくさんの者共を斬って斬って、その末に連は死にました。オハラの岬で優しい若那と出会うまで、連もきっと戦う道具のようなものだったのかもしれません。

そして連は、自分をここまで導いてくれた香炉の神・撤嘸至於を思いました。
暗い森で独りきり、人から引き離されて寂しい思いをしていた娘の神の怒りと悲しみの面差しが、泣き叫ぶ椿姫の無垢な顔にどこか似ていたように思えました。

「……お前は戦に用いられた剣ゆえ、戦人に必要とされた。
 それと同じように、お前も戦人を必要としとったのだな…。」

封じた太刀を見つめながら、あぁ…と小さくつぶやく連の背に、不意にかわいらしい娘の声がかかります。連は驚いて振り返ると、地面に見事な大粒の真珠がコロリと転がっておりました。

「まぁまぁ!貴方様が『鬼斬り連』…?私(わたくし)、貴方様を存じております。幼き頃より、母が寝所でいつも貴方様のお話を私に話して聞かせて下さいました。昔話の英雄にこうしてお会いできるなんて!こんな驚く事、真珠は生まれて初めてにございます!」

連は地面に転がっていた大粒の真珠が口をきく事にたいそう驚いて、そしてその声が若那にそっくりでありましたから、思わずそれを拾い上げて申しました。

「そなたは一体何者ぞ?そなたの声は某の妹(恋人)にそっくりじゃ。」

「私(わたくし)、貝一族の真珠比売(しんじゅびめ)と申しますの。
 えぇえぇ、思い出しました、私、若那比丘尼に託されました、貴方様の歯でございます。」

それを聞いた連はまたもや驚いて、声を荒げてたずねました。

「何故、某が若那に渡した歯が貝の手に?」

「若那様はお歳を召しまして、ついに地上に留まる事が出来なくなったのです。ですから大連への想いを私の母上様に託されて、現世を去られたのでございます。」

大粒の真珠は、連の目の前で小さな娘へと転身して見せました。真珠色の瞳は、どこか若那に似ています。けれど娘は連の探している若那ではありません。

「若那はこの世におらぬのか?ならばどこに去ったのだ?海か?山か?それとも天か?」

すると真珠姫の姿を天の国より見つけた天女の一人が、空からふわりと虹色の羽衣を舞い落としました。連はこの羽衣に見覚えがありました。尾原の岬で初めて若那と出会った時、連が隠した天羽衣です。

「まぁま、姫君、お探し申し上げておりました。金クラゲ様よりお借りしておりました、姫の羽衣、ただいまお返しいたします。」

「天女、女の飛天よ、天界に若那はおらぬのか?この羽衣を探し出し、天に帰ったのではなかろうか?」

「天に若那様はおりませぬ。若那様は地上で人となられましたから、天には戻りませなんだ。連と共に暮らす故、二度と天には帰りませぬと、天帝に申し上げて地に下りまして御座います。」

「真珠の姫よ、海の底に若那はおらぬのか?そなたら貝と共に、綿津見の内に暮らしているのではなかろうか?」

「海に若那様はおりませぬ。若菜様は海にいては、溺れて死んでしまいます。若那様は人の身となられましたから、地上で命を終えられたのです。」

「……若那はどこにもおらぬのか……?
 ……若那は、いなくなったのか……?」

天の羽衣を握り締めて、連は小さく呟きました。

「若那は、幽世(かくりよ)へ行ったのです、大連尊。」

振り返れば、弔い香炉の撤嘸至於の姿がありました。
連にそう告げたのは、撤嘸至於の傍らにいた、金色飛天のアマミ(天見)です。

「人は死ぬとそこへ参るのです。この香炉の神が人々を送る、その先こそが幽世です。
 私は遠く遠くの世界より、この新津に訪れた際、現世(うつしよ)を去る若那とすれ違いました。若那は私に申されました。若那は幽世へ参る故、現世の想いの行く末を見届けてほしいと。
 私はそれから海の者へと姿を変えて、若那の想いを見守って参りました。貴方の御霊が再び目覚めて、若那の想いを受け取るまで、けしてそれが損なわれぬように。」

そうして飛天は真珠姫を促します。姫は連に微笑みかけると、若那と同じ、美しく優しい声で申しました。

「新天地に参ってから、不思議な事ばかりが起こったけれど、今はっきりと分かりました。
 私は阿古屋真珠比売、若那様の言伝に御座います。
 若那様は貴方様のこと、ずっと、ずぅっと、大好きでしたのよ。」

連の頬に涙が伝います。

――若那に会いたい。

連はただただ、そう強く願うのでした。

今は昔、新津の地にて。

この続きは、pixiv『椿真珠物語』にてご覧くださいませ。

▼このお話の続き
【PFT】新津今昔物語【新津新天地編】 | よし [pixiv] https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60149210
▼最終回
【PFT】椿真珠物語【新津新天地編】 | よし [pixiv] https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60167760
▼物語の最初から
椿真珠物語まとめ | えつ [pixiv] https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63031214
※キャプションより第1話へ移動できます。

2016年にpixivで開催されました『pixivファンタジア新津新天地編』にて執筆した物語絵巻のログとなります。一部文は他参加者様より引用させて頂いております。当時は交流本当にありがとうございました!


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