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【百年ニュース】1920(大正9)6月8日(火)李王世子暗殺未遂事件公判開始、初めて国民に事件が知らされる。徐相漢(20)は4月上旬今井幾朗(16)と植村金作(16)を誘い赤羽の荒川橋梁下で火薬を調合し爆弾を製造。李王世子婚儀に爆弾を投じ朝鮮独立の気勢昂進を図るも事前に発覚。

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「6月9日午前十時後、高羲敬来り、朝鮮人某徐相漢爆発物取締規則違犯の事件を今日新聞に掲載したることにつき話をなし、困ることなりと云ふて去る。(倉富勇三郎日記)」 

高羲敬(고희경)は開化派高英姫長男。4月の王世子李垠婚儀により伯爵に昇進した。英語に堪能で日韓併合以前は外交官として活躍した。

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