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【百年ニュース】1922(大正11)1月5日(木) 極地探検家アーネスト・シャクルトンが三度目の南極遠征の途上サウスジョージア島で死去,享年47。1874アイルランド出身。1907-09のニムロド遠征で最南端到達の新記録樹立。南極点まで180㎞の地点に迫った。1917流氷で難破後救命ボートで720海里を航海し脱出。

極地探検家アーネスト・シャクルトンが三度目の南極遠征の途上、サウスジョージア島で死去しました。享年は47歳でした。

幼少から青年期

1874年2月15日アーネスト・シャクルトンはアイルランドのキルデア県キルケアで誕生しました。父親のヘンリー・シャクルトンはイングランドのヨークシャーに先祖を持ち、もともと軍人志望でしたが自身の健康のため兵務の道は諦め、キルケアで地主となり農業を営んでいました。

1880年に父ヘンリーは一念発起してダブリン大学トリニティ・カレッジ で医学を志しダブリンに移住。のちヘンリーはイングランドのロンドンで医師としての職を得て、一家はロンドン郊外のシドナムに移ってきました。このときアーネストは8歳でした。

少年時代のアーネスト・シャクルトンはファーロッジ私立学校に通いますが、16歳のときに退学し船員となりました。4年間の船員生活でアーネストは世界各地を訪問して異文化を体験するとともに、航海士の資格を得ることになりました。

アーネスト・シャクルトン(1874-1922)

最南端へ到達

1901年に王立地理学会会長クレメンツ・マーカム卿により企画された国立南極遠征が「ディスカバリー号の遠征」が始まりました。ロバート・ファルコン・スコット隊長のもと。アーネスト・シャクルトンは三等航海士としてディスカバリー号に乗り込み、船倉、備品、食糧、娯楽を担当しましたが、健康悪化のため途中で遠征隊から外れニュージーランドで療養します。

1907年アーネスト・シャクルトンはニムロド遠征で、人類初の南極点への到達を目指します。この冒険で南極点到達の目的は叶いませんでしたが、当時人類が到達した最南端となる南緯88度23分に達しました。南極点まであと97.5海里(180㎞)のところでした。

1908年12月3日にシャクルトンが発見。出資者の名前からベアドモア氷河と名付けた。

エンデュアランス号からの脱出

1914年から17年に行われた「帝国南極横断探検隊」では、エンデュアランス号とオーロラ号の二隻で南極を目指します。56人の隊員を選び、各船に28人ずつ乗り込みました。

このときの南極探検隊員募集の新聞広告とされる有名な言葉あります。

求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。成功の暁には名誉と賞賛を得る。アーネスト・シャクルトン バーリントン街4号

帝国南極横断探検隊の隊員募集広告
Men Wanted for hazardous journey

しかしこの冒険は大きな試練に見舞われることとなりました。両船とも流氷に阻まれエンデュアランス号は沈没し、オーロラ号も氷に閉じ込められ1600海里も漂流しました。

エンデュアランス号を喪失したあと、アーネスト・シャクルトンを含めた乗組員は全員徒歩で脱出しエレファント島に上陸しました。しかしこの島は人が住むことは出来ず、また一般航路からも外れていたため、720海里離れたサウスジョージア島の捕鯨基地を目指すことを決断、救命ボートで720海里を航海し脱出に成功しました。まさにEndurance(耐久)の言葉に相応しい脱出劇でした。

1919年12月にアーネスト・シャクルトンは自身の冒険について書いた『エンデュアランス号奇跡の生還』を出版し人気を集めます。講演旅行なども落ち着いたあと、南極大陸周航とツアナキ島など亜南極の島々の調査を目的とする「クエスト号」の冒険を企画し、1921年9月24日にイギリスを出発しました。

1921年9月24日シャクルトンが最後の航海に出発

最後の航海

クエスト号は順調に航海を続け、1922年1月4日にエンデュアランス号からの脱出成功地点となったサウスジョージア島に到着します。しかしの翌日の1月5日ににアーネスト・シャクルトンは心臓発作により急死しました。

妻エミリーの意志により、サウスジョージア島グリトビケン墓地に埋葬されました。遠征隊に同行した医師アレクサンダー・マクリンは「文明社会から遠く離れ嵐の海に囲まれた島で一人孤独に、最も偉大な冒険の地で眠ることは『ボス』が望んでいたことだろう」と日記に書き残しました。

サウスジョージア島グリトビケン墓地にあるシャクルトンの墓
アーネスト・シャクルトン(1874-1922)

沈没したエンデュアランス号の発見

2022年3月、エンデュアランス号の沈没から107年の時を越えて驚きの大発見がありました。大西洋の海中、南極にほど近い海底3,000mの地点で見つかったのです。しかも船体はほぼ劣化のない状態で発見されました。極寒の深海には分解する微生物がおらず、当時の舵の状態も鮮明にわかるほどの極めて良好な保存状態が保たれたとのことです。

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