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【百年ニュース】1921(大正10)11月18日(金) 南極越冬隊の楠宏が釧路市で誕生。父親の楠正一は旧制第一高等学校寮歌『嗚呼玉杯に花うけて』の作曲者として知られる。1944(昭19)北大理学部物理学科卒,のち博士。雪氷学,地誌学。1956(昭31)第1次南極観測隊員。1963(昭38)北極越冬。2度の南極越冬隊長に。

南極越冬隊の楠宏くすのき こうが釧路市で誕生しました。父親の楠正一は旧制第一高等学校(現在の東京大学教養学部)の寮歌『嗚呼玉杯に花うけて』の作曲者として知られている人物です。

この父親の楠正一について簡単に説明を致します。楠正一は1880(明治13)年、秋田県雄物川町おものがわまちの出身です。音楽的才能に優れピアノを得意としていました。一高生だったときに作曲した寮歌『嗚呼玉杯に花うけて』は長く歌い継がれて全国的なヒットとなりました。一高時代の楠正一は東京音楽学校の音楽教師を務めていたドイツ人音楽家アウグスト・ユンケル(August Junker)の音楽塾に通っていました。

アウグスト・ユンケルは西洋音楽のお雇い外国人として1899(明治32)年から1912(明治45/大正元) 年まで13年間に渡り日本に滞在し、1934(昭和9)年に再度来日、太平洋戦争中の1944(昭和19)年に75歳で東京にて死去した人物です。山田耕筰への熱血指導は語り草になっています。妻は日本人の鎌田能ふ。二人が結婚したのは1902(明治35)年ですが、その同じ年、1902(明治35)年の3月1日の旧制第一高等学校の第12回記念祭で発表されたのが、この楠正一が作曲した寮歌「あゝ玉杯に花うけて」になります。オペラ歌手の三浦環が花束を渡したとのことです。このとき楠正一は22歳、三浦環は18歳でした。男子校である第一高校に初めて女性が足を踏み入れたのはこのときの三浦環ほか数名でありました。

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のちに発見された楠正一の手記では次のように記されています。「壇上にありしとき、忽然としてわが前に一団の女性現われぬ。その一人、前列にありて花を捧げしは、まさしく柴田環嬢なり」。柴田環というのは三浦環の本名になります。「華麗にして清楚なること朝露に輝ける薔薇の如し」「数秒間、恍惚として映ずるものなし、全霊を支配するもの、ただ彼女の芳香と体温のみ」ということでした。

楠正一は三浦環(本名柴田環)に一目ぼれでした。「男子すべかく悶々たる日夜を送らんよりは、大いなる決断もて、求愛の挙に出でざるべからず」ということで、勇気を出して愛の告白の手紙をしたためます。環から返事がありましたが、残念ながら「気持ちは嬉しいが、実はフィアンセがいるのでお受けできない、お気持ちはいつまでもありがたく胸に秘めておきます」というものでした。

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楠正一はこの失恋だけが原因という事ではないと思いますが、なかなか一高を卒業できず、卒業試験に2度落第して校則上退学を命じられると再び一高に入学して1年生と2年生をやりなおし、結局は3年在学中に退学し卒業しませんでした。なお楠正一は「あゝ玉杯に花うけて」発表の翌年1903(明治36)年3月の第13回記念祭でも寮歌「緑もぞ濃き柏葉の」を発表しており、天才作曲家の名声を得ていました。むしろ東京音楽学校に入れば滝廉太郎の後継者になったのではないかとも言われています。

なお旧制一高の藤村みさお(16歳)が日光中禅寺湖の華厳の滝で、傍らのミズナラの木に遺書を彫り、投身自殺したのが1903(明治36)年5月21日でした。2か月前の記念祭では藤村操も、楠正一が前年作曲したばかりの寮歌「あゝ玉杯に花うけて」また新曲の寮歌「緑もぞ濃き柏葉の」を声高く歌っていたかも知れません。

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一高を退学した楠正一は職を転々としたのち、北海道の石狩支庁で勤務し、のち泊村(現在の江差町)の村長もつとめています。長男の楠宏くすのき こうが釧路で誕生したとき、父の正一は41歳になっていました。そして楠正一は1945(昭和20)年に65歳で死去、また三浦環も翌1946(昭和21)年5月26日に膀胱がんのため62歳で死去しています。

なお1988(昭和63)年10月、『嗚呼玉杯に花うけて』の歌碑が正一の故郷秋田県雄物川町に建てられています。

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長男の楠宏は、1944(昭和19)年に北海道帝国大学理学部物理学科を卒業、のち理学博士号を取得しました。日本を代表する地球物理学者、地理学者のひとりとなりました。専門は雪氷学と地誌学になります。1956(昭和31)年に第1次南極観測隊に隊員として参加、その後も北極と南極の両極地の研究を深めました。第10次と第18次の南極観測隊では越冬隊長も務めたほか、3次にわたり南極観測隊長に就任しています。国立極地研究所の研究主任となり、のち名誉教授となりました。

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