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「ペン先にシロップ」は駄作か。

「愛されないということは不運であり 愛さないということは不幸である」

俺は幸せになりたいから俺の手で君の不運を終わらせる

(ペン先にシロップ 5巻/小学館/七尾美緒)

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作品のテーマを論ずることがある。

古くは国語の時間の、有名文学の短い切り取り部分で「この作品の主題は」「作者が言いたかったことは」という問題だ。この悪夢と戦ったことがあるひとは多いと思う。

素直な子ども時代を経たからか、成長過程で回答が明確にあるミステリーに染まったからか、物語に触れるときに「あ、この作品のテーマはこれだったのか」とまるで答えを知ったような気分になったとき、その作品を愛してしまう傾向が、私にはある。


小学館から発行されている「ペン先にシロップ(作者:七尾美緒)」という漫画は、そのひとつだ。

いわゆる少女漫画。ドジで頭が悪いけどお人よしな主人公(成人女性/漫画編集者)と天才少年(未成年男子/高校生 兼 漫画家)の恋の成就までを全5巻で描いている。

Amazonのレビューを見ると、散々な評価をくだされていて笑ってしまう。そしてめちゃくちゃわかる。

Amazonペン先にシロップ1巻

少女漫画の主人公がドジな設定は比較的なじみがあるが、この主人公はひどい。ドジでまぬけで頭が悪い。可愛いと思う範囲を超えている。もうイライラして共感も感情移入もできない。

徐々に主人公が幼少期に虐待を受けてきたことがわかってくると、自尊感情が低く卑屈なゆえに、正しい判断ができなく頭の悪いように見えるのだと納得する。愛せない主人公だと思ってイライラしていたら、自分のイライラが加害者側のそれと気づかされる。なんてこった。そんなのライトな少女漫画に求めてない。

そんな主人公を救うのがヒーロー役の天才高校生漫画家である。

どうしようもない主人公をときに突き放し、ときに見守りながら「きみと恋愛したい」と包みこむ。そんな主人公を選ばなくてもあなたならいくらでもイイヒトがいるよ、とヒーロー役に対して感じてしまうだろう。物語を成立させるための設定として完璧なヒーローが必要なのだろうかと訝しむ。

1巻から頑張って読み進め、5巻の結末にあるヒーローの独白で本文の最初に提示した一文が読者に示される。

同時に、ドジでまぬけな主人公との物語を成立させるために据えられた役割かと思われたヒーローの人格が、立体的になり人間味を持つ。

ヒーローの行動原理は、幸せを求めたものだった。

この漫画は、幼少期の虐待や家族との別離を経験した「愛されない」主人公と、天才として生まれついたがゆえに、幼い頃から白けて生きてきた「愛さない」ヒーローがともに幸せになるための物語だったのだ。

愛されないことは「不運」。主人公は、一時的なツイてない状態であり、けして不幸ではない。まだ幸せになっていないだけだ。

愛さないことこそ「不運」であり、幸せになるために必要なことは「愛する」ことなのだ。

このテーマは、現代社会の在り方と絡めていくらでも論じれそうなほど普遍的な議題だ。

漫画に好きなキャラクターを求めるより、作品性を求めるのであれば価値を感じる作品だと思う。

この漫画は誰かに読んでほしいけど、オススメできない。駄作と思う人も多いと思うし、そう思ったひとを否定する気もない。

最近の漫画は、はじめの数ページで読者を魅了することが求められる。電子書籍の立ち読み数ページが勝負だ。この漫画が発売された2013~2014年も電子書籍がそこまで一般化していなかったとしても、作品のピークをはじめに提示する必要があったかと思う。

この最後の最後にカタルシスを提示するこの漫画を世に出すことを決めた編集者に話を聞いてみたい。わかってて連載を開始したのかしら。

この漫画をLINE漫画の1巻無料でなんとはなしに読み始め、「なんだこれ」と思いながらも軽率に課金して最後に「あっ好き」となった私はラッキーだと思う。

ということで、この漫画のテーマであり答えをいっちばん最初に記載してしまっている。この漫画の面白さを紹介するにはネタバレという罪を犯さないと成立しないのだ。無念。


よしざね


※なお、「愛されないということは不運であり 愛さないということは不幸である」は「異邦人」などで有名なアルベール・カミュの引用とのこと。そちらも読みたいと思っているができていない。

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