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「陰謀論」 秦正樹 著 中公新書

著者は、学部時代に、いわゆる「ネトウヨ」であり、「政治学を学び始めた動機も、「外国に支配された日本を救いたい」という「愛国心」に突き動かされたものであった(p.234)」とのことです。しかし、「大学院に進学し、実証政治学を学ぶ過程で、そうした大きく偏った政治的考えは完全に霧消し、当初の「崇高」な信念は、単なる「黒歴史」に変わってしまった(p.234)」と言います。


この本は、言ってみれば、著者の変容の根拠になった研究を、最近一部で支持されているいわゆる陰謀論に適用し、一般向けにしたものなのでしょう。解析手法など、少々難解なところもありましたが、とても実証的で、説得力のある内容でした。


この本では、陰謀論を「重要な出来事の裏では、一般人には見えない力がうごめいている」と考える思考様式と定義しています(p.6)。


陰謀論というと、ソーシャルメディアとの関連が想像されますが、実態は必ずしもそうではないようです。興味深いのは、「実態として、ツイッターが陰謀論的信念の高さと関連するという傾向は見られなかった。(p.72)」という点です。


ツイッターよりもむしろヤフコメのようなまとめサイトの方が陰謀論との親和性が高いと言えるようです。また、ソーシャルメディアと陰謀論受容の関係性について、「とくに注意が必要なのは、若い人というよりも、むしろミドル層以上の年配の人々であるというべきであろう。(p.70)」とのことでした。確かに、ネットで盛んに発言しているのは、主にミドル層以上の年配の人々です。


「ヤフコメの閲覧頻度や民放の報道番組視聴頻度が陰謀論的信念の高さに関連している一方で、槍玉にあげられやすいツイッターの利用はむしろ、陰謀論的信念の低さと関連していることがわかった(p.81)」とのことで、ツイッター利用頻度の多い若い人たちが、むしろ陰謀論の影響をあまり受けていないというのは、少しホッとしました。


興味深かったのは、関心の方向と引っかかりやすい陰謀論の関係です。


「関心」の方向については、次の4つに分類されました(p.180)。

因子1「政治的関心」:日韓関係、日米関係、憲法改正、北方領土問題、軍事費の問題

因子2「時事的関心」:政府のデータ改ざん問題、自然災害、外国人労働者の増加

因子3「プライベート関心」:スポーツに関する話題、自然災害、身近な美味しい店

因子4「社会的関心」:性的少数者に関する話題、SNS炎上 


研究の対象となった陰謀論的思考は以下の3つです(p.114)。

処置群1 北朝鮮グル説:政府に都合が悪いことがあると決まって北朝鮮からミサイルが発射されるのは、両政府が実は裏でつながっているからだ

処置群2 広告代理店グル説:政府に都合が悪いことがあると決まって芸能スキャンダルが発覚するのは、政府と大手広告代理店が実は裏でつながっているからだ

処置群3 外国政府グル説:安倍政権を批判する勢力は、その裏で、外国政府からの人や金などの資源提供を受けている


その結果、

「政治的関心」と「外国政府グル説」が統計的に有意、

「時事的関心」と「外国政府グル説」が統計的に有意、

「プライベート関心」と「北朝鮮グル説」、「広告代理店グル説」が負の方向で統計的に有意、

「社会的関心」と陰謀論には関連は薄い。

ということになりました(pp.182-184)。 


つまり、「プライベート関心」の人たちが最も陰謀論の影響を受けないわけです。逆に言うと、「政治的洗練性の高さは、好奇心を高めることによって、陰謀論に接触する確率を高めるだけでなく、それを受容してしまう「負の効果」があると言えるのである。(p.207)」ということになるのでしょう。


著者によれば、陰謀論から逃れるためには、「政治について「そこそこ」の関心や知識を持ち、「そこそこ」の気持ちで支持政党を応援する態度(p.219)」が好ましいということになるります。


僕自身は、著者の言う「そこそこ」について、こんなふうに考えています。ほとんどのことは仮説であって、間違っている場合もありうると言うことを意識しておくことが大切なのではないかと思うのです。つまり、「わからないものはわからない」まま、結論を保留する態度、すなわち「不確実性への耐性」を持つことです。


例えば、コロナ禍が始まった頃、「COVID-19は、武漢で発生し、武漢には、武漢ウィルス研究所が存在する」と言う事実(おそらく)から、「ひょっとしたら、研究所で開発された生物化学兵器用のウィルスが、何らかの原因で外に漏れ出てしまったのではないか?」という仮説が生まれました。しかし、この仮説に反する理論、すなわち「自然発生説」が主流になって現在に至ります。

「おそらく自然発生したものであろう。研究所からの漏洩は、可能性ゼロとは言わないが、その可能性は限りなく小さい」と言うのが、「不確実性への耐性」を持ったバランスの取れた態度なんじゃないかと思います。


しかし、陰謀論的マインドセットになってしまうと、例えば;

「COVID-19は、武漢ウィルス研究所で開発された生物化学兵器用のウィルスが、何らかの原因で外に漏れ出てしまったことにより全世界に広がった。この事態を数年前から『予言』していたのがビル・ゲイツだ。ビル・ゲイツはパンデミックを利用しようとしている。すなわちワクチンを接種させることにより、全世界のほとんどの人たちにマイクロチップを埋め込み、権力者が、その行動・思想・感情・感覚を監視しようとするものである。しかし、なぜ、このような絶妙なタイミングでパンデミックが起きたのか?そこにはディープステイトの力が働いているのである。ディープステイトは・・・」

と、際限なく陰謀論が拡大していく可能性があります。


この「」内の文章は、個々の事象全て、僕がネットから拾ってきた「仮説」で、それらを適当に組み合わせて作ったものです。それぞれの仮説を真実としてしまい、さらに、仮説に仮説を重ねることによって、陰謀論は妄想レベルにまで拡大し得るのです。

日本人がよく知っている「風が吹けば、桶屋が儲かる」ってやつですね。


著者は最後に、私たちが最も気をつけるべき存在は、「公的な存在、すなわち政治家や政党ではないだろうか(p.221)」と言っています。


それには同感です。ナチスのホロコーストも、ヒトラーやゲッベルズらが主張したユダヤ人に関する陰謀論が大きく関わっています。歴史から学ぶべきでしょう。


このところ、集中的に「陰謀論」についての本を読んできました。「陰謀論を主張する側」からの本も読みました。同意できるものではありませんでした。陰謀論を主張する本についての意見は、こちらです。↓

https://ameblo.jp/heartc/entry-12734282377.html


これらの本を読んだのは、新橋の焼き鳥屋でのおじさんたちの与太話でも、ネットの書き込みやテレビのコメンテーターレベルだけでもなく、最近では与野党を問わず政治家までが、陰謀論的発言をすることに少々危ない空気を感じているからです。


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