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ベルリン映画祭2023予習「コンペ」編

第73回ベルリン国際映画祭が2月16日から開幕します。時流を反映し、毎年刺激に事欠かないベルリンのラインアップ。今年もコンペティション部門の作品を予習してみます。 

下記、作品タイトルは基本的に英題とし、国名は監督の出身国を記しましたが、例外はあります。また、カタカナ表記が定着していない監督名の表記も不安定かもしれません。そしてもちろん見る前の記述なので、内容に誤解があればご容赦を! 

ということで、以下、映画祭の公式HPの掲載順に予習していきます。全19本です。

『20,000 Species of Bees』Estibaliz Urresola Solaguren監督/スペイン

(c) Gariza Films, Inicia Films

 84年生、スペインのウレソラ・ソラグレン監督、過去にはドキュメンタリーの長編監督作が1本ある以外は短編で、本作がフィクションの長編監督1作目になるようです。最新の短編が昨年のカンヌの短編部門に選ばれていたようですが、残念ながら未見。その翌年に初長編がベルリンのコンペに入るとは、期待の高さが伺えます。

8歳の少女が、本名やニックネームなど複数の名前で呼ばれることに混乱し、彼女の母親も少女の扱いに少し困る様を描く暖かいドラマであるとのこと。少女がアイデンティティーやジェンダーを意識していく過程が主題になる作品のようです。

女性の監督によるジェンダー主題の作品を世界の映画祭が重視するようになって久しいですが、その中でもトップランナー的なベルリンがコンペに選出したということでも注目です。昨年のベルリンの金熊賞(最高賞)は同じスペインのカルラ・シモン監督による作品でした。シモン監督は今年の審査員のひとりで、 同国の新世代の台頭が感じられます。

『Art College 1994』リウ・ジエン監督/中国

(c) Nezha Bros. Pictures Company Limited, Beijing Modern Sky Culture Development Co., Ltd

出た!待望のリウ・ジエン監督新作!前作『Have a Nice Day』(17)は中国アニメ初のベルリン映画祭コンペ出品作として話題になり、僕もスタイリッシュな映像と痛快なブラックユーモアを心底楽しみ、当時プログラミングを担当していた東京国際映画祭に招聘した経緯があります。6年振りの新作もベルリンコンペということで、これは興奮を抑えられません。

中国が西側に開き始めた90年代を舞台に、中国の美大(Chinese Southern Academy of Arts)で学ぶ学生たちの姿を描く青春劇とのこと。リウ監督自身が1993年に南京芸術学院を卒業しており、自伝的要素も含まれているのでしょう。タランティーノ/キタノ的な犯罪ノワールだった『Have a Nice Day』とはうって変わった世界のようですが、ダークでオフビートなユーモアは健在との記述もあり、これは本当に楽しみです。

『The Shadowless Tower』チャン・リュル監督(Zhang Lu/張律)/中国 

(c) Lu Films

中国と韓国で制作を続けるチャン・リュル監督、東京では昨年末に池松壮亮主演の『柳川』(2021)の公開に合わせて、パク・ヘイルとムン・ソリが共演した『群山』(2018)、クォン・ヘヒョ主演の『福岡』(2019)が特別上映されていました。東アジアの映画界にとって重要な存在と言えると思います。

新作は中国を舞台にしていて、北京在住の料理評論家でバツイチの男性が人生を見つめ直す物語のよう。主人公は自分の娘を姉(か妹)に育ててもらっており、そして子供の頃に絶縁した父親が北部の町で存命であることを知って動揺し、最近交際している年少の恋人がその町の出身であることも手伝い、男性の人生にさざ波が起きてくる…。

「ロマンティックで魅惑的」と映画祭HPは形容していますが、現代的な大人のドラマが期待できるでしょうか。こういうタイプの(見る前ですが)、都会を舞台にした軽めの(?)大人のドラマを題材にした中国映画が映画祭のメインコンペに選ばれるケースが珍しい気もするので、期待をそそります。今年はコンペに常連のホン・サンスがいないのが少し寂しいのですが、本作がその穴を埋めてくれるそうな予感もしますが、全然違うかも(違うでしょう)。

『Till the End of the Night』Christoph Hochhäusler監督/ドイツ

(c) Heimatfilm

72年生のクリストフ・ホーホホイスラー監督、本作が6本目の長編監督。日本ではあまり紹介がされていないはずですが、カンヌの「ある視点」部門に過去2本選出されるなどの実績があり、独創的な演出を特徴とする作家として認知されています。ベルリンのコンペは、オムニバス映画のうちの1篇として参加経験がありますが、単独長編監督作としては初めてであるとのこと。 

長髪と革ジャンに身を包み、犯罪組織への潜伏捜査を試みる男性刑事が、仮釈放中の女性と付き合うふりをしながら、ターゲットの悪人に接近しようとする。刑事はゲイで、女性はトランス女性である。目的通り、ふたりは悪人に接近を果たすが、はたして逆に悪人が彼らを引き寄せたのだろうか…。

犯罪ドラマの形を借りた、トリップ映画のような、混沌としたムードの予感がします。クイア映画を丁寧に取り上げるのもベルリンの伝統であり、本作もベルリンを象徴する1本になるかもしれません。

 『BlackBerry』マット・ジョンソン監督/カナダ

(c) Budgie Films Inc.

トロント出身のジョンソン監督、俳優で活躍している存在ですが、本作が長編監督3本目とのこと。前作の『Operation Avalanche』(2016)は、NASAに侵入したCIAエージェントが巨大な陰謀を発見する物語だったとのことで、タイトルは覚えているのだけれど、残念ながら未見。

本作は、タイトル通り、一世を風靡してビジネスのあり方を決定的に変えた携帯端末の「ブラックベリー」を開発したふたりの創業者の栄光と挫折を描くもの。周知の通り、ブラックベリーはスマートフォンとの闘いに敗れていく。日本には定着しなかったけれど、ブラックベリーの欧米でのすさまじい広がり方(とその後の衰退)を横目で見ていた者にとっては、猛烈に興味を惹かれる内容。そうか、開発者はカナダ人だったのか…。 

主演のひとりに、ジェイ・バルチェル、ああ懐かしい。2009年の東京国際映画祭のコンペ部門に招聘し、観客賞を受賞した『少年トロツキー』に主演したのがジャイ・バルチェルだった。結局配給が付かず未公開に終わってしまったけれど、『少年トロツキー』は良い作品だったなあ、と懐かしい。エンタメ要素を多分に期待できる本作、シリアスな作品が多いベルリン中で清涼剤となるかどうか。 

『Disco Boy』Giacomo Abbruzzese監督/イタリア

(c) Films Grand Huit

83年生、南イタリア出身のジャコモ・アブルツェーゼ監督、フランスで映画を学び、短編を多く手がけた後、本作が長編監督デビュー作であるとのこと。カンヌで1作目がコンペ入りしたらそれだけで大ニュースになりますが、ベルリンは実績者も新人も柔軟にコンペに入れてきますね。 

ベラルーシを逃れた青年が、フランス市民権の取得とひきかえに外人部隊に属することを承知する。一方で、ナイジェリアの奥地では革命を志向する青年がゲリラ活動を行っている。いつしか二人の青年の道は交わる…。 

「移民/ボーダー」も映画祭に頻出する主題のひとつであり、本作は人生の節目を迎える中で「他者」をいかに受け入れるかを描く中で、越境映画に新機軸を見出そうとする作品のように思われます。エレクトロミュージックが特徴的であるらしく、タイトルもディスコボーイだし、トリップというかトランス的な世界に導かれるのかもしれません。

『The Plough』フィリップ・ガレル監督/フランス

(c) Benjamin Baltimore / 2022 Rectangle Productions - Close Up Films - Arte France Cinéma - RTS Radio Télévision Suisse - Tournon Films

ガレル御大の新作がまたもやベルリンコンペに!
20年にも前作『The Salt of Tears』がコンペに入り、齢72にして軽やかな若者の恋愛劇を演出し、我々を大いに楽しませてくれたガレル。新作はよりシリアスなトーンをまとった内容であるようです。
新作の仏語原題は『Le grand chariot』で、「大きな荷車」の意。英題のPloughとは地面を耕すとの意味で、これは芸術を次世代へと運び、継承することの意味であろうと推測されます。

人形遣いの芸人一家の物語で、3人の兄弟姉妹が老いた父の芸を継ごうとしている。芸には優れているものの、一家の暮らしは貧しく、そして悲劇が家族の未来に暗雲をもたらす、という物語のよう。愛と友情と哀悼と伝統が描かれ、そして呪われているかのように破滅的な芸術家の魂の姿も探求される、とのこと…。

フィリップ・ガレルが3人のこどもを映画に登場させるのは初めてで、主演に息子のルイ・ガレル。共演にルイの妹エステール・ガレル、そしてルイの異母妹のレア・ガレル。そして撮影にはレナート・ベルタ。もう現時点で既に金熊賞確定でよいのではないかと興奮しつつ、最大の期待作ということで間違いないでしょう。

『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』マルガレーテ・フォン・トロッタ監督/ドイツ

(c) Wolfgang Ennenbach

ドキュメンタリーだった『イングマール・ベルイマンを探して』(18)を別にすれば、『ニューヨーク 最高の訳あり物件』(17)以来、6年振りのフィクション長編となる、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督新作。 

思えば、『ニューヨーク 最高の訳あり物件』は東京国際映画祭がワールド・プレミアだったのだ(映画祭時のタイトルは『さようなら、ニック』)。無念にも監督の来日が叶わず僕は地団駄を踏んだものだったけれど、来日した俳優がナイスな人だったのが楽しい思い出。昨年秋に『ローザ・ルクセンブルグ』(86)や『鉛の時代』(81)をパリで見直す機会があり、現在においてフォン・トロッタの再評価の機運は必然だと強く思う次第。

本作は、欧州文壇の著名人であったオーストリアの女性詩人インゲボルク・バッハマンと、スイスの男性劇作家マックス・フリッシュの関係を描き、1958年の夏のパリで出会いから、その後の4年間のふたりの関係がバッハマンの視点で語られる。バッハマンは非業の死を遂げたことで知られているが、本作はその事件に焦点を当てているのではなく、彼女が文学と人生に寄せた敬愛と希望の念を描いているという。 

主演に、『彼女のいない部屋』で鮮烈な印象を残し、2022年に世界中の映画祭に招聘され、一刻も早い日本での公開が待たれる『Corsage』でオーストリア皇后エリザベート(シシー)を演じたヴィッキー・クリープス。このフォン・トロッタとヴィッキー・クリープスという組み合わせには興奮させられずにいられません。これまた最大の注目作の1本になりそうです。

 『Someday We’ll Tell Each Other Everything』エミリ・アテフ監督/ドイツ

(c) Pandora Film / Row Pictures

アテフ監督は、イラン人の父とフランスの母のもとにドイツで生まれており、国籍はフランスらしいのですが、新作はドイツ映画の要素が多いようなので、上にはドイツと記しました。近年では『ロミー・シュナイダー ~その光と影~』(18)がベルリンコンペで上映されており、正直言って僕はそれほど好みではなかっただのけれど(失礼!)、監督の他の作品は見ていないので、新作には期待です。 

1990年の夏、東西統合がなされた直後のドイツの「元国境」付近の農村を舞台にした、若い男女の三角関係を描く作品であるよう。一見すると古典的な内容の原作小説を、力強く、かつ繊細で生々しい官能性を備え、肉体と意思と欲望の物語として翻案した映画化をHP解説は讃えている。はたしてどうなのか、注目しましょう。 

『Limbo』アイヴァン・セン監督/オーストラリア

(c) Bunya Productions 

アイヴァン・セン監督はオーストラリア先住民をルーツに持つ映画作家で、貧しいアボリジニの少年と少女が都会をさまよう姿を描いた『Toomelah』(2011)はカンヌの「ある視点」部門で上映され、当時結構話題になった記憶があります。もともと2002年の長編1作目『Beneath Clouds』がいきなりベルリンコンペに選出されていて、新人監督賞を受賞しています(僕は未見)。新作では、監督、脚本、撮影、編集、音楽、にクレジットされており、果たしていかなる作品か。

オーストラリアの辺境地にある小さな町を、白人の刑事が訪れる。20年前にアボリジニの少女が殺された未解決の事件に取り組むためだったが、地元の協力は得られない。しかし刑事はめげる男ではなく、山々に張り巡らされた迷路のような洞窟に住まう者たちと関係を築いていく…。

「砂漠ノワール」との記述が映画祭HP解説に見られ、それだけで楽しみになります。先住民に対する差別も映画の主題のひとつになるのだろうと思われます。監督はオーストラリアの荒涼として雄大な光景を映像に捉えることを得意としており、圧巻の映像美とハードボイルドな展開がいかにシリアスな問題と融合するか、楽しみにしたいところです。

ところでベルリンは英語映画に英語字幕が付かないので(カンヌは付く)、オーストラリア映画のセリフが聞き取れるかどうか、見る前から弱気になってしまう…(イギリス映画やアメリカ映画であれば問題なく聞き取れると言うわけでは全くないけれど)。

『Bad Living』Joao Canijo監督/ポルトガル

(c) Midas Filmes

オリヴェイラやヴェンダースの元で助監督を経験してから監督に進んだジョアン・カニホ監督は、これまでに長編作品を10本以上手掛け、それぞれカンヌやベネチアで上映されていて、今作は初のベルリンコンペであるとのこと。僕は残念ながらカニホ監督の作品に触れた経験がなく、今回が遅まきながらの初発見。

朽ちかけたホテルを5人の女性が運営しており、彼女たちはそれぞれが娘を愛することができず、母親になり切れなかった存在であった。女性のひとりの娘がホテルを訪れると、とある決断がなされる…。

ある程度シンプルな設定の中に、各人物の複雑な過去が蘇り、様々な感情が交錯し、人生を見つめ直していくような内容と想像します。古いホテルというセッティングは一過性の時間と人々の行き来の場の象徴として魅力的に感じられます。
脚本は監督が自ら手掛けていますが、現在において男性の監督が女性たちの物語をどのように描き得るのか、ベルリンという場に選ばれる理由も含めて、目撃したいと思います。

 『Monodrome』ジョン・トレンゴーヴ監督/英国・アメリカ

(c) Wyatt Garfield

国名クレジットを英と米としていますが、トレンゴーヴ監督は南アフリカの出身。前作の『The Wound』(17)はアフリカを舞台に、男子の通過儀礼の慣習から派生する抑圧が暴発する様を描いて強烈と伝えられていますが(僕は残念ながら未見)、「男性性」を主題のひとつとして重視している作家と思われ、本作でもその視点が貫かれているようです。 

ウーバータクシーのドライバーでぎりぎりの生計を立て、恋人が妊娠中の青年が、自分の生活や肉体に不安を感じ、男性中心カルト集団に関わるようになり、次第に現実と乖離していく様を描く物語。

ミソジニーや男性性の脆弱さが扱われるようですが、これも実にベルリンらしい作品の予感。主演の青年がジェシー・アイゼンバーグ、カルト集団の指導者がエイドリアン・ブロウディというメジャー系の作品でもあり、出演者の豪華さという意味では今年のコンペを盛り上げる1本になりそう。もちろん、内容にも期待が募ります。

『Music』アンゲラ・シャーネレク監督/ドイツ

(c) faktura film / Shellac

クリスチャン・ペツォルトやトーマス・アルスランと並んで「新ベルリン派」のひとりと位置付けられるシャーネレク監督、4年振りの新作。ミニマルで禁欲的な作風で知られ、同じくベルリンコンペだった前作『I Was At Home But』(2019)にはリニアな物語は無く、エピソードの断片がモザイク状に散りばめられ、やがて母親の感情が浮かび上がってくる様を感覚的に感じ取る難解な作品でしたが、非常に見応えがありました。

新作もなかなか歯ごたえがありそうで、舞台はギリシャやベルリン、時代は80年代から現在までに至り、孤児として引き取られた少年が成長して殺人を犯してしまい、刑務所の女性看守と恋に落ち、そして傍らのラジカセからはバッハやペルコレージやモンテヴェルディの音楽が鳴り続け、それらの音楽が抽象的に映画の主題を伝えてくるという…。

 HP解説を意訳していてもあまり意味が無いというか、分からない。核には、オイディプス神話があるとのことだけれども、これは本当に見るしかない作品ですね。シャーネレク特集は数年前にアテネフランセで行われていたけれども、そろそろまた企画してくれないだろうか。まとめて再見して、熟考したい…。 

『Past Lives』セリーヌ・ソン(Celine Song)監督/アメリカ

(c) Jon Pack

韓国系カナダ人女性でNYに活動拠点を置くセリーヌ・ソン監督は、劇作家として実績を挙げ、本作が長編監督1作目であるとのこと。 

韓国の青年が、幼馴染でアメリカに移住したために別れてしまった女性に数十年振りに会いにいくと、彼女はアメリカ人の夫と暮らしていた。三角関係を通じて、愛の形やその意味や、愛が人生に与える影響を見つめていく内容であるよう。 

監督本人の経験も反映されていると思われ、自らが移民/異邦人であるという視点があるとしても、シンプルで普遍的な内容と想像される監督デビュー作のいかなる点が評価されてベルリンコンペ入りを果たしているのか、日本の新人監督にも参考になる点が見られるのか、注目です。

『Afire』クリスチャン・ペツォルト監督/ドイツ

(c) Christian Schulz / Schramm Film

クリスチャン・ペツォルト監督、2020年の『水を抱く女』に続く新作がコンペ入り(『水を抱く女』は2020年のベルリンで主演女優賞を受賞している)。『水を抱く女』から始まる3部作が構想されているといい、本作がその2作目という位置づけであるらしい。ペツォルト監督作品を予備知識なしで1度だけ見て理解するにはかなりの見識が必要となるのだけれど、毎回その魅力は抗いがたい。

新作では、小説の完成に集中したい青年と、アートのポートフォリオ作りに取り組みたい青年のふたりが、バルト海沿岸の別荘に缶詰になりに行くが、そこで陽気な男女のカップルに出会い、前向きなバイブスを浴びて楽しいものの、創作が行き詰ってしまって焦り、やがて現地の自然に急変が起きる…、という物語とのこと。

ドイツ語原題は『Roter Himmel』で「赤い空」の意味。それで英題は燃えている状態の意味のafireで、なるほど。アクセスしやすい物語であるように感じられるけれど、ペツォルト監督の本領は後半に見られるに違いない。こちらも今年のコンペの目玉の1本であるはずで、期待大。

『On the Adamant』ニコラ・フィリベール監督/フランス

(c) TS Production / Longride

 ニコラ・フィリベールの新作がベルリンに!
一世を風靡した『ぼくの好きな先生』(02)から早や20年。前作『人生、ただいま修行中』(18)も日本公開を果たしていますが、小学校や看護学校やラジオ局など(他にも多数)の集団生活に見事に溶け込み、その日々を暖かく伝えてくれる技術と演出はマジカルであって、フィリベールを現代ドキュメンタリー監督の第一人者のひとりと呼んでも過言ではないはず。
しかし意外にもカンヌとの縁は少なく(『ぼくの好きな先生』はカンヌの「アウト・オブ・コンペ」で紹介された)、5年振りの新作はベルリンのコンペということで素晴らしい。製作に、フィリベール監督作品を長年配給し製作もしてきた日本のロングライド社が名を連ねており、日仏合作というクレジットになっています。

新作は、タイトルにある「Adamant=アダマン」という名の老人介護施設を撮影対象としているとのこと。「アダマン」施設はパリのセーヌ河に浮かぶ船上にあり、精神的な障害を持つ老人たちのデイケアセンターとして機能し、彼らの人間性を尊重することを目的とする施設とスタッフの姿勢が特徴的である。作品はそんなアダマンの内部を多彩な視点で描いていく…。

ああもうこれは、フィリベール監督の技量が最大限に発揮されているであろうことは間違いないでしょう。日本公開は間違いないはずですが、ベルリンで見られることを祈る…。

『The Survival of Kindness』Rolf de Heer監督/オーストラリア

(c) Triptych Pictures

51年生のオーストラリアのベテラン、ロルフ・デ・ヒーア監督新作。ベルリンコンペは『Alxandra’s Project』(03)以来20年振りということですが、僕は未見。2014年の『Charlie’s Country』がカンヌの「ある視点」に出品されていて、これは白人文化を押し付けられるアボリジニ老人の抵抗の物語で、告発的リアリズムで押さず、厳しい内容ながら暖かいトーンが好印象に繋がる作品でした。その後、オムニバス作品を1本挟み、本作が『Charlie’s Country』以来9年振りの長編新作となるようです。 

砂漠の真ん中で、檻に入れられた先住民女性が置き去りにされている。彼女は脱出に成功し、砂漠を抜けて山を越えて町に出るまで歩き続ける。そしてまた捉えられ、また脱出する…。 

白人社会においてエスニック・マイノリティーが経験する差別と暴力を、一種の寓話の形で語っていく作品のようで、主人公の抵抗の意志を描く視点は前作から共通していると思われます。「Survival of Kindness/優しさのサバイバル」というタイトルから、今回も監督の暖かい姿勢を期待したいところですが、社会に人間性はどれだけ残されているのだろうかという問いかけを、ディストピア的な映像で語っていく過酷な内容であることは間違い無いでしょう。ストーリーテラーとしても信頼できる監督でもあり、これまた非常に期待が高まる1本です。

『すずめの戸締り』新海誠監督/日本

日本からは本作がコンペエントリー!日本公開が終わっている作品なので、驚いた人も多かったのではないでしょうか。僕もそのひとりでした。しかし、僕は本作を大いに楽しみながら見たので、納得でもあります。ベルリンの反応が楽しみです。

 『Totem』Lila Avilés監督/メキシコ

(c) Limerencia

82年生のメキシコのアヴィレス監督は、俳優としての活動を経て演出に転じ、長編監督1作目の『Chambermaid』(18)はトロント映画祭でプレミア上映されたのちに、世界の多くの映画祭が招聘する話題作となりました。
『Chambermaid』は、メキシコシティの高級ホテルに清掃係として勤務するインディオの女性の姿が描かれ、格差社会への皮肉をこめながら、ユーモアとセンスが際立つスタイリッシュな作品で、ハイクオリティーなデビュー作でした。同作は、19年のアカデミー賞のメキシコ代表作にも選ばれています。そして続く待望の2作目が、ベルリンコンペとなりました。
前作のホテルから場所を移し、新作は大きな邸宅が舞台になるようです。

大きな家で、親族や友人たちの集いが準備されている。その日に皆が祝うのは、若き父親であり画家でもある男性の誕生日だが、その男性は不治の病に臥せており、最後のバースデーパーティーとなることが周知のこの日は、同時にお別れ会でもあるのだった…。

という物語のよう。パーティーの準備にまつわるエピソードを重ね、人物造形やインテリアなど、細部にこだわりながら、監督は喪失に備える人びとの感情をとても丁寧に掬い取っていくに違いありません。絶対に新作が見たかった監督のひとりなので、これ以上の事前知識は不要として、ひたすら楽しみにします。
 

以上、コンペの19本でした。こうやって見て行くと、全てが必見作で目眩がします。東南アジアの作品がないのは少し残念ですが(昨年はカミラ・アンディニ監督の秀作がインドネシアから入って嬉しかった)、とはいえ全ての作品に選出の必然性が感じられ、社会派と謳われることの多いベルリンの精神が見る前から伝わってくるようです。

そして、アンゲラ・シャーネレクとクリスチャン・ペツォルトの新作が同時に入るのはまさにベルリンならではだし、フィリップ・ガレル、マルガレーテ・フォン・トロッタ、ニコラ・フィリベールらのビッグネームに興奮を抑えられないし、リウ・ジエンやリラ・アヴィレスらを筆頭に若手/新鋭の作品にも期待が尽きません。今年で3年目を迎える映画祭ディレクターのカルロ・チャトリアン氏率いるプログラミング・チームの充実が伺えます。

そして、コンペの審査員は、審査員長にクリステン・スチュワート!
さらには、フランスの俳優ゴルシフテ・ファラハニ、ドイツのヴァレスカ・グリーゼバッハ監督、(『アンラッキー・セックス またはイカれたポルノ』で21年の金熊賞を受賞した)ルーマニアのラドゥ・ジュデ監督、アメリカのキャスティング・ディレクターのフランシーヌ・マイスラー、(『Alcarras』で22年の金熊賞を受賞した)スペインのカルラ・シモン監督、そして香港のジョニー・トー監督。
これまた、個性的で素晴らしい布陣!

個人的には、今年は他の業務もあるので、どれだけ見られるか未知数なのですが、1本でも多く見て日記ブログで書いていけたらと思います。

以上、2023年第73回ベルリン映画祭「コンペティション部門」の予習でした!

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