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カンヌ映画祭2024日記 Day10

23日、木曜日。6時起床。例年、最終日の土曜日に、コンペの追加再上映が組まれることになっていて、そのスケジュールとチケット予約が今朝7時に解禁になるという情報があり、また7時にパソコンの前に待機する。でも、結局7時を回っても何も出ない。どの作品が上映されるかも分からないので、予定が立たない。まあ、毎年のことなのでしょうがないのだけど、毎年少しずつルールが変わるので、なかなか厄介だ…。
 
本日も晴れ。快晴とまではいかず、薄曇り。風も強い。気温は昼で20度くらい。
 
本日のスタートは10時からの上映。評判のいい作品なので9時前に会場に到着すると、まだ無人…。恥ずかしいけれど、入れないよりはマシ。というわけで、先頭で入場。
 
コンペで、アンドレア・アーノルド監督新作『Bird』(扉写真/Copyright Atsushi Nishijima)。ああ、これは本当に素晴らしい。
 
低所得者層が多く暮らす郊外団地で、子どもがそのまま大人になったような父と、2歳年上の兄との3人で暮らす12歳の少女ベイリーの物語。母は父と別れ、別の場所にいる。ベイリーは普段から1人で過ごすことが多い。父がいまの恋人と結婚を決めたことを何も知らされずに怒るベイリーは、原っぱで不思議な男に出会う。男は自らをバードと名乗る。バードは人探しをしており、興味を持ったベイリーは人探しに付き合ってやる。
 
というのが映画のイントロ。バードとの出会いによって少し大人になっていくベイリーの姿を軸にした、完璧な思春期映画。全く意外な展開に、驚き、笑い、そして泣き、今年のカンヌで最大級に心を撃たれた…。
 
16mm撮影と思しき映像の質感、手持ちカメラのリアリズムタッチ、不可思議な展開、主人子ベイリーの不安定で健気なキャラクター造形、そして音楽。何から何まで素晴らしい。さらには、父役のバリー・コーガンの天才的とした言いようのない上手さに全細胞が喜び、、バード役のフランツ・ロゴフスキの存在感も完璧。
 
ベイリーは、スマホで動画を撮影することを唯一の趣味にしていて、でもそれをソーシャル・メディアに上げるのではなく、夜に自室の壁に投影して眺めている。自己承認欲求的な動画撮影では無い、そんなキャラクター設定の細部が実に上手い。ベイリーと父と兄、そしてベイリーと母と異父妹弟たちの、家族愛の物語でもある…。
 
アンドレア・アーノルド監督のシャープなセンスが如何なく発揮された、これはもう傑作。
 
感激に打ち震えながら会場を出て、いったんホテルに戻ってエナジーバーをかじってパソコンに向かい、改めて上映に戻る。
 
14時から、「ある視点」部門で、女優として知られるフランスのセリーヌ・サレットによる初長編監督作品『NIKI』。予習段階では気付けなかったのだけど、「射撃絵画」などで知られる前衛アーティストのニキ・ド・サンファルの伝記映画だった。評価を得るまで10年以上も苦難の時期を過ごしたニキの、初期の姿が描かれる。

"NIKI" Copyright 2024 CINEFRANCE STUDIOS, WILD BUNCH

ニキが幼少時代に受けたトラウマがその後の精神状態に影響してしまい、精神病院に収容された時期も経て、絵画を手掛けるようになっていく。その過程には、現代的なメッセージもふんだんに含まれ、映画化の理由も納得できる。
 
ただ、この作品の大きなチャレンジは、ニキを含め、創作に取り組む劇中のアーティストたちの作品を、一切映さないことだ。劇中、人物たちが互いの作品を眺めて感想を述べたりしている場面で、彼らの視線の先にある創作物を、映画は映さない。これは、思った以上にフラストレーションがたまる。創作物ではなく人物に集中してほしいからという演出意図があるのかもしれないと想像するしかないけれど、成功しているのかどうか。逆に気になって仕方がなくなってしまった。
 
17時から、「カンヌ・プレミア」部門で、ラリユー兄弟監督の新作『Le Roman de Jim』。ラリユー兄弟といえば、破天荒というか、ユニークなテイストのイメージがあるけれど、本作は意外にもまっとうな(いい意味で)ドラマだった。ただ原作があるらしいそのドラマが滅法面白く、ぐいぐいと引っ張られる。

"Le Roman de Jim" Copyright Pyramide Distribution

エメリックという男性の、若い時期からの数十年間の人生が描かれる。彼は幾人かの女性に翻弄され、やがて付き合った時点で妊娠していた女性が産んだ子を、我が子のように愛するようになる。しかし、実の父が現れ、幸せな日々に暗雲が垂れ込めていく…、という物語。
 
奇をてらわない演出で、素朴で善人のエメリックの内面の揺れに観客の気持ちは自然に寄り添っていく。役者の演技も抜群。そして、ラリユー兄弟には(ギロディー監督と同様に)自然が本当によく似合う。よいドラマを見たなあ、という充実感に包まれる。
 
19時15分から、「スペシャル・スクリーニング」で、『Nasty - More Than Just Tennis』。70年代に活躍したテニス界の革命児、イリ・ナスターゼのドキュメンタリー。ナスターゼのことは覚えているけれど、紳士淑女のイメージの強かったテニスをエンタメ感のある人気スポーツに盛り上げた大功労者であり、ATPランキングの初代の1位であり、悪童マッケンローに先駆けた問題児であったことなど、知らなかったことがてんこ盛りで、滅法面白い。

"Nasty" Copyright Libra Films

テニスのスター選手たちの証言もふんだんに含まれるのが嬉しいし、ルーマニアという東欧圏でスターになることに伴う政治的な側面にも触れるので、現代史としても重要だ。スポーツ好きにはたまらない内容。ゴダールがテニス好きだったことを思い出したりもする。
 
上映前の会場にはナスターゼ本人が登壇し、大盛り上がり。そして会場にはボリス・ベッカーも来ていた!
 
21時半から、コンペでブラジルのカリム・アイズール監督新作『Motel Destino』。ヘンリー8世の最後の妃を主人公にしたハリウッドスター映画の前作から一変、新作は完全にインディペンデントな作り。ラブホテルを舞台にした愛欲うずまく犯罪映画。

"Motel Destino"

色彩をビビッドに強調した映像に個性が伺えるのだけど、映画としての面白みにはもうひとつ欠けてしまったか…。とちょっと感想は割愛。
 
23時にホテルに戻り、ワインをすすって日記を書くがどうにも上手く書けず、断念して1時半にダウン。

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