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カンヌ映画祭2024日記 Day8

5月21日、火曜日。6時20分起床。4日先の上映が予約できる7時からのチケット争奪戦も、本日が最後。終わりが近づいてきたことを思い知らされるようで、少し寂しい。とはいえまだまだ中盤戦、黄昏れている場合ではない。気合を入れ直して、外へ。今日は朝から晴れている。
 
8時半から、コンペでアリ・アッバシ監督新作『The Apprentice』。ドナルド・トランプの若き日々を描く驚きの内容で、早くから話題になっていた作品だ。
 
父の築いた不動産事業を継ぐ形でホテル事業をまずは手掛け、まだ駆け出しだったトランプは、強引で腕利きのロイ・コーンという弁護士に接近しようと試みる。トランプが被告となっていた裁判にロイ・コーンを引き込むことに成功し、勝訴する。負け知らずのロイ・コーンは、裁判/人生を勝ち抜く3大鉄則をトランプに授ける。1は、攻撃し続けること。2は、決して過ちを認めないことと本当のことを言わないこと。3は、絶対に敗北を認めないこと。トランプはロイ・コーンの教えを貫き、成果を上げて怪物化し、いつしか師匠を軽んじるようになる…。

"The Apprentice" Copyright Scythia Films

いまのトランプに繋がる土台がいかに築かれのか、その背景が鮮やかに描かれ、猛烈に面白い。そして、とても巧みなのが、トランプを一方的にディスる映画ではないことで、おそらく親トランプ派にも受け入れられるのではないかと思われる。反トランプ派は怪物の起源に悪の萌芽を見るだろうし、親トランプ派はトランプのルーツが見られることに満足するかもしれない。トランプ陣営は本作関係者を提訴すると表明しているらしいのだけど、アッバシ監督は「トランプに見てもらいたい」とコメントしている。
 
それもこれも、トランプを演じるセバスチャン・スタンがあまりにも素晴らしいからだ。髪型はもちろん、トランプの口元、しゃべり方、身のこなし、ちょっと信じがたいほど似てる。なので、アンチは嫌悪するし、シンパはありがたがることができる。つまり、アメリカを分断させた(会見で「分断」というタームをアッバシ監督は否定していたようだけど)トランプの性質を映画そのものが体現していると言えるかもしれない。これはすごい。
 
そして、ドラマシリーズ「サクセッション(メディア王~華麗なる一族~)」のファンには、ロイ・コーンに扮するジェレミー・ストロングの存在こそが堪らない。見どころ満載だ。
 
いやあ、面白かったなあ、と深く満足しながら会場を出ると、なんと業界誌「スクリーン・インターナショナル」の星取表の評価がとんでもなく低い!どうしてだろう。トランプの描かれ方に不満があったということだろうか。となると、上記に書いたことと矛盾してしまう。むむー。この低評価の理由を分析すること自体が、興味深い作業になるかもしれない。
 
11時15分から、「ある視点」部門で『The Village Next to Paradise』というソマリアの作品。モ・ハラウェ監督(男性)の長編第1作目で、ソマリアの映画がカンヌに入るのは初めてであるらしい。

ドローン攻撃テロの恐怖と日々背中合わせにある村を舞台に、人生がどうしても軌道に乗らない便利屋の中年男と、その幼い息子で新しい学校に馴染むことの出来ない少年、そして、中年男の妹で、洋裁店を開きたいが夫と離婚したために銀行から融資を得られない女性の、3人の物語。

"The Village Next to Paradise" Copyright FreibeuterFilm

ソマリアという映画的に新たな地を開拓することの意義は大きく、選定されることに異を唱えることはないのだけれども、映画のクオリティーとしては並みといったところかな。物語が本格的に動くのが90分を過ぎてからで、全体で2時間10分越えはいかにも長過ぎる。とはいえソマリアで映画を作ることの困難さは想像を絶するし、今後の展開を期待したい。
 
15時から、コンペで、待望のショーン・ベイカー監督の『Anora』(扉写真/Copyright FilmNation Entertainment)。カンヌで最も楽しみにしていた1本。そして今回も、こちらの高い期待にちゃんと応えてくれる快作であった!
 
23歳の女性アノラ、通称アニは、セクシーなダンスを提供する店(バー営業と、その奥の個室でプライベートストリップダンスを提供する機能を兼ねている店)に勤務し、客にサービスを提供してチップを稼いでいるが、ある晩、ロシア人青年に指名される。彼は大富豪の息子で、高額のチップを惜しげなく払う。お気楽な青年のようで、アニは青年の自宅の豪邸でもサービスを提供し、日々の乱痴気パーティーなどを通じて彼とどんどん親しくなっていくが…、という物語。
 
ああ、これ以上は書けない。実は青年が大悪人でアニが窮地に陥るとか、そういうクリシェな話ではないので念のため。序盤の、アニーと青年が盛り上がっていく過程の、スピーディーで喧騒に満ちた演出の見事さには、もうため息が出る。そこから物語が動いていくのだけど、場内は大爆笑の連続。僕も今年のカンヌで初めて何度も声を出して笑い、雰囲気最高。
 
ショーン・ベイカーはセックスワークに隣接する人々を自作に多く登場させているけれど、職業の是非を上から問うことはせず、個々の人物に愛情をこれでもかとたっぷり降り注ぐことにのみ集中し、その結果どんなに作品がアルコールとセックス(とたまにゲロ)が溢れる破天荒な内容であろうとも、そこには温かい血が流れ、観客を幸せにしてくれる。そして、押さえるところは、きっちりと押さえて来る。まったくもって、素晴らしい。

昨日『The Substance』をパルムドール候補に推してしまったけど、『Anora』も目下、双璧状態。
 
感激しながら会場を出て、ホテルに向かおうとすると、会場脇の海岸沿いの道を、何やら軽装の警察官たちに囲まれた集団が歩いてくる。何だろうと思ったら、周りの人が写真を撮りまくっている。人々の話に耳を傾けてみると、なんとパリ五輪の聖火を運んでいるのだった!おお!慌ててパシャリ。どこでどういう使われ方をするのだろう。

中央の女性が聖火を運んでいる?

20時から、「カンヌ・プレミア」部門の『Maria』。ジェシカ・パリュ監督の長編2作目。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の撮影でベルナルド・ベルトルッチ監督とマーロン・ブランドによって事実上レイプされたと告発したマリア・シュナイダーの、苦闘の俳優人生が描かれる作品。

"Maria" Copyright Haut et Court

パリュ監督は『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の撮影エピソードは前半に終わらせ、事件の再現に必要以上に寄り過ぎることなく、シュナイダーの人物像を丁寧に掬い上げていく。ラストタンゴの一件ののちに、ヘロイン中毒となりながら反骨の俳優人生を歩み、パートナーの女性を得て立ち直る過程など、知らなかった面も描かれ、これはやはり現代に重要な1作。
 
上映終わってダッシュで会場を移動し、幸い隣の劇場なので21時45分からの上映に間に合う。「カンヌ・プレミア」部門で、アラン・ギロディー監督新作『Miséricorde』。ギロディー監督は、自然とセクシュアリティと犯罪事件と密かなユーモアを組み合わせることに抜群のセンスを発揮する存在であることを、改めて強く思い出させる。ギロディーのブレイクのきっかけになった『キング・オブ・エスケープ』を想起させる原点回帰的な逸品だ。
 
パン職人の青年が、かつての師匠が亡くなったことで故郷の村に戻るものの、彼を歓迎しない者もおり、思惑が交錯する中で事件に発展してしまうという物語。

"Miséricorde" Copyright Xavier Lambours - Les Films du Losange

タイトルの意味は「慈悲」。事件の展開に教会の神父の「慈悲」が重要な役割を果たす。とはいえ、必ずしも崇高なものとは限らないのが、さすがギロディー。ギロディー映画でセクシュアリティは問題喚起ではなく、ナチュラルであっけらかんとした下ネタとして表現されるから、もうこちらはたちまち武装解除して笑うしかない。人間存在のどうしようもないかわいらしさ。ギロディーにしか出来ない芸当だ。とても、とてもいい。
 
0時にホテルに戻り、パンを齧って、パソコンに向かってブログ日記を書いたりして、あっという間に今夜も2時半。ダウンです。

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