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カンヌ映画祭2023日記 Day11

26日、金曜日。6時半起床、7時15分に外へ。本日も天気は良さそう。昨日も結局終日晴れて、カンヌ後半は好天に恵まれた!気温は15度~23度くらいかな。 

快晴カンヌのビーチ

ここで、先日あまり書けなかったヴィクトル・エリセ監督新作『Close Your Eyes』の感想コメントを書いておこう。

かつて、映画の撮影中に失踪し、そのまま行方が分からなくなった俳優がいた。数十年後にテレビ番組がその事件を特集することになり、結局撮影が中止になったその映画の監督がインタビューを受ける。失踪した俳優の親友でもあった監督が本作の主役となり、改めて過去と向き合っていく物語。

"Close Your Eyes" Copyright Manolo Pavón

劇中の監督に、エリセが自分を投影していることは間違いないはず。劇中監督は、中止になったその作品以来映画からは離れており、その姿は30年間長編を作ることのなかったエリセと被る。そして、「失われた人生」と向き合う劇中監督は、雄大な時間の流れに身を置き、観客もその旅に誘われる。円環を描くような時間の、その輪を映画という存在が繋ぎ、映画と人生とが一体化していく…。

日を追うごとに、素晴らしい作品であったことが身に染みてくる。二重三重の感動が押し寄せる。早くもう一度見たいと心が叫んでいるみたいだ。
『ミツバチのささやき』(73)のアナ・トレントは、50年の時を経てエリセ作品に登場する。失踪した俳優の娘役として、劇中においても、劇の外においても、時を超越したような印象をもたらす。胸の高鳴りを抑えるのは難しい。

"Close Your Eyes" Copyright Manolo Pavón

エリセの30年振りの長編『Close Your Eyes』は、歴史の浅い「カンヌ・プレミア」部門ではなく、やはりメインの「コンペティション」部門で扱うべきだったはずだと、つくづく思う。先日のワールドプレミア上映の際、エリセの姿は無かった。カンヌに来なかった。6月に83歳を迎える高齢だし、体調が悪いのだろうか…、と心配していたら、そうではなかったらしい。業界誌「スクリーン・インターナショナル」の記事によれば、カンヌの作品選定の方針に不信を抱き、カンヌ入りを止めたらしい。 

エリセは当然コンペ入りを希望していたが、カンヌに見せた段階でポスプロ(仕上げ作業)が終わっていなかったことを理由に、コンペで選べないと映画祭から言われたらしい。そもそもコンペでないならば他の可能性(「監督週間」オープニングとか、ベネチアとか)を検討したいので早く教えてほしいとの要望を出していたが、それにはついに返信がなかったという。

「映画が完成していないから」コンペに選ばなかったというのは、誰がどう考えても言い訳にすらなっていない。未完成の状態でコンペで上映された作品など、ウォン・カーウァイやケシシュの例を挙げるまでもなく、いくらでもある。しかも今回の場合、映画は完成しているのだ。この理由で押し通そうというのは、いくらカンヌでも(いや、どんな状態でも上映してきたカンヌだからこそ)無理がある。

コンペ部門入りを巡るあれこれは、映画祭にはよく起こることであり、宿命でもあるとも言えるけれど、あのヴィクトル・エリセの、30年振りの新作であるとなると、事態はやはりとても重い。これほどの貴重な作品が映画祭ゲームの犠牲になるなんて、あまりにももったいない痛恨事だ。「カンヌ・プレミア」部門よりも、ベネチアのコンペの方が絶対いいに決まっている。作品が功労賞的な扱いをせざるを得ないクオリティであればともかく、堂々と賞を狙える出来栄えであるだけに、本当にやりきれない。

基本的に、カンヌで上映された作品はベネチアのコンペに入ることはない。ただ、カンヌは監督不在上映だったので、どこかきちんとした場で監督が出席する上映が行われるだろうし、そこで改めてしかるべき注目と評価を得ることを願うばかりだ…。

さて、日記に戻ると、今朝は8時半の上映から開始。コンペで、フランスのカトリーヌ・ブレイヤ監督新作『Last Summer』。これは過去作のリメイクで、とはいってもジェニファー・ラブ・ヒューイットのホラーではなく(当たり前だ、でも懐かしい)、デンマークの『罪と女王』(19)のリメイク。児童問題を中心に扱う弁護士の女性が、夫の連れ子であるティーンの少年と肉体関係を持ってしまう物語。

"Last Summer" Copyright Pyramide Distribution

何ともベタな設定、などとひるんでいる暇もなく、人物に密接した演出によって人の理性のもろさが露呈し、強引に持っていかれる。職業や性別から行動が規定されるわけでなく、欲望と理性の境界線はいかなる場合でもあやふやでありうるという視点を女性であるブレイヤ監督(脚本も)が語ることに意味がある。主人公の行動は好ましくはないのだろうが、必ずしも悪としては描かれない。とはいえ、ここでの妻と義息の関係が、父と義理の娘の関係だとしたら一発アウトのはずが、この場合はどうなのか、という問いかけにも思えてくる。とても考えさせられ、実にいい。

妻役のレア・ドリュッケールが抜群で、もともと上手い俳優だけどキャリアハイではないか。サンドラ・フラーが圧倒的な有力候補として君臨する女優賞争いの対抗馬になるかもしれない。

"Last Summer" Copyright Pyramide Distribution

次に11時半の上映に向かう。チケットがあるので余裕なのだけど、陽射しがとても強くなっており、今年のカンヌで初めて汗だくになる…。 

「監督週間」のクロージング作品となるホン・サンス監督の『In Our Day』。今年のカンヌではなかなかチケット運とスケジュール運に恵まれずに韓国映画が全然見られなかったのが、かろうじてホン・サンスは見ることが出来るのでとても嬉しい。2月のベルリン映画祭「エンカウンター」部門に出品された前作『In Water』がかなりの問題作であったのに対し、新作は従来のホン・サンス世界に戻っている。

女優業を半ば引退した女性(キム・ミニ)が、友人を訪ねて気持ちの整理を付けようとしている。一方で、初老の男性詩人は、彼のドキュメンタリーを撮ろうとする若い女性監督と、彼から刺激を受けようとする俳優志望の青年の訪問を受ける。詩人は大好きな酒とタバコを医者から止められているが、飲みたくて仕方がない…。

"In Our Day" Copyright Capricci Films

二つの場での会話のやりとりが並行して描かれる。何気ない会話が、いきなり核心を突くような発言に繋がっていくスリリングなホン・サンス節が健在だ。二つの場面は関係ないようでいて、実は繋がっているという仕掛けも効いている。さりげない瞬間が人生の岐路になりうるような、あるいは全ての瞬間が人生そのものであるような、シンプルにして芳醇なホン・サンスの世界。堪能。

"In Our Day" Copyright Capricci Films

15時半から、コンペでアリーチェ・ロルヴァケル監督新作『La Chimera』(扉写真も)。
刑務所から出所したと思しき青年がイタリアの地方都市に帰還し、仲間が歓迎する。彼らは地中に埋もれた古代の墓を掘り起こし、遺体とともに埋葬されている調度品を奪い、骨董品の闇ルートに流して稼ぐ陽気な集団で、青年は地中の墓を探し当てる名人だったのだ…。

"La Chimera" Copyright 2023 - tempesta srl - ad vitam production - amka films productions - arte france cinema

アリーチェのストーリー・テリングは実に独特で、最初は何が起きているのか、理解するのが容易でない。登場人物の周辺の状況描写が続き、どこか地に足の付かない浮遊感を漂わせながら映画は進行し、やがて不純物が少しずつ取り除かれるように物語の核が見えてくる、という印象を受ける。こう書いても何も伝わらないと思うけど、アリーチェの誘い方には他に例を見ないオリジナリティーを感じる。

もちろん犯罪ドラマではなく、ジャンルを特定しにくい。地中に埋没した墓を掘り起こす作業は、喪失感を抱えた青年の心を掘る作業でもあるのかもしれない。古代と繋がる行為が時間と空間を超える行為となり、愛の物語へと変容していく…。
カンヌに育てられて知名度を高めたアリーチェ・ロルヴァケル監督の異才が如何なく発揮されており、今回も賞に絡んでくると思われる逸品だ。 

17時40分に上映終了。カンヌ映画祭としては、夜のケン・ローチが最後のコンペ作品上映となる。僕はチケットが取れておらず、かといってスーツに着替えて「ラストミニッツ」列に並ぶ気にもならず、明日の追加上映に入場できることを期待しよう。とはいえまだ18時前だ。ここでカンヌ映画祭ウルトラCを敢行することにする。 

いや、ウルトラCというほど大げさなことではないな(そもそもウルトラCだなんて、死語か?)。カンヌ映画祭の公式出品作品が、映画祭会期中に劇場公開を迎えることがある。そしてまさに、「ミッドナイト」部門出品のフランス映画『The King Of The Algiers (Omar La Fraise)』が、カンヌの序盤でプレミア上映されたあと、一昨日から劇場公開されているのだ。
とても見たかった作品だし、カンヌの映画館でもちょうど18時の回があるので、それを見にいくことにする。普通に窓口でチケットを買って入場する、普通の映画館での映画鑑賞だ。カンヌ映画祭が開催されているのに、その出品作品を一般公開で同時に見ているというこの変な感じがたまらない。

マルセイユでは裏社会の有名人として泣く子も黙る存在だったオマールが、親友で相棒のロジェとともにアルジェリアでの逃亡生活を余儀なくされている。落ち込んでいたオマールはアルジェリアでの商売に活路を見出そうとし、ロジェはオマールの背後に気を配る。そんなふたりに影が忍び寄る…。

"The King Of The Algiers" Copyright Studio Canal

犯罪ノーワルというよりは、オマールとロジェのバディ・ムービーと呼んだ方がいいかな。正直、物語はさほど大したことはない。何と言っても見どころは、オマールに扮するレダ・カテブと、ロジェに扮するブノワ・マジメルのコンビのカッコよさで、もう2人並ぶと絵になるったらない。強面の二人が普段は冗談を言い合ってばかりというのは、まあこのジャンルのお約束みたいなものだけれど、いやあもう痺れますね。

"The King Of The Algiers" ICONOCLAST / CHI-FOU-MI PRODUCTIONS / STUDIOCANAL

特にブノワ・マジメルのコメディ演技が笑えて最高。今年のカンヌでは、ブノワ・マジメルは「監督週間」の『Rosalie』で多毛症の妻を迎えてしまう堅物の元軍人、コンペの『The Pot au Feu』で愛情溢れる料理人、そして「ミッドナイト」の本作でタフで冗談好きなヤクザという3つの全く異なる役柄で登場し、彼の分厚い肉体がそれぞれ違う形で画面を圧倒していく。まさに八面六臂の活躍であり、ファン冥利に尽きる…。

20時近くに上映が終わり、本日の上映はここまで。ホテルに戻り、日記ブログをここまで書き、そして引き続き以下を書くため、しばしの間じっくり考える…。

カンヌ映画祭は明日(27日)がクロージング。夕方のセレモニーで、各賞が発表される。せっかくなので、毎年恒例の受賞予想をしてみよう!とはいえ、『万引き家族』と『パラサイト』以外、パルムドールが当たった記憶があまりない。まあでも、せっかくなので。
コンペ21作のうち、現時点で見ているのは19本(ケン・ローチ新作と、ショーン・ペン主演の『Black Flies』が未見)。その中から無理やり選んでみると…。 

・パルムドール:『The Zone of Interest』(ジョナサン・グレイザー監督)
・グランプリ:『Fallen Leaves』(アキ・カウリスマキ監督)
・グランプリ(同時受賞):『La Chimera』(アリーチェ・ロルヴァケル監督)
・審査員賞:『Last Summer』(カトリーヌ・ブレイヤ監督)
・審査員賞(同時受賞):『Youth』(ワン・ビン監督)
・監督賞:カウテール・ベン・ハニア監督(『Four Sisters』)
・脚本賞:『Kidnapped』(マルコ・ベロッキオ監督)
・主演女優賞:サンドラ・フラー(『Anatomy of the Fall』/ジュスティーヌ・トリエ監督)
・主演男優賞:役所広司(『Perfect Days』/ヴィム・ヴェンダース監督)

昨年(22年)はグランプリ2本、審査員賞2本だったので、ちょっとずるいけどその枠数を頂いてみた。
女優賞は確実でしょう。アリシア・ヴィキャンデルやレア・ドリュッケールもいるけれど、やはり今年はサンドラ・フラーの年であるはず。かつて大好評だった『ありがとう トニ・エルドマン』で受賞を逃した悔しさが、今年は何倍にもなって報われるはず!
男優賞は、ひょっとしたらブノワ・マジメルもあり得るかもだけれど、ここはやはり役所さんに。
あとは全く分からない。審査委員長のリューベン・オストルンド監督は、ホロコーストを新たな視点で描いた『The Zone of Interest』を推してくるのではないかとの予想もありつつ、僕の心のパルムドールはカウリスマキだし(『The Zone of Interest』も素晴らしいと思っている)、『Anatomy of the Fall 』もあり得る。いや、全く思いもしない作品が入ることも過去には多いし、これ以上書いても仕方がない。もう気楽に(当たり前だけど)結果を楽しみにすることにしよう。しかし、本当に、ここにエリセの名前を入れたかった…!


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