見出し画像

カンヌ映画祭2024日記 Day6

19日、日曜日。5時半起床。まだまだ時差ボケマジックが健在で、意外にすんなり起きられる。昨夜中断した作品をパソコンで最後まで見て、7時のチケット予約をこなし(順調)、外出して朝食、そのまま「監督週間」の会場へ。8時45分開映の作品が8時15分には開場し、すんなりと良き席を確保。
 
アメリカのカーソン・ランド監督による長編1作目『Eephus』(扉写真/Copyright Omnes Films)。ああ、これはよいなあ。

アメリカのどこであるのかはちょっと分からなかなったのだけど、晩秋の晴れた一日に、取り壊しの決まったグラウンドで、シニアの草野球チームが最後のゲームに臨む物語。フランスの観客より、確実に日本人の方が染みるのは間違いない。ベースボール/野球という球技が持つ、独特ののんびりとして牧歌的な特質が、とことん味わえる。もっとも、日本の野球が潜在的に持つ体育会系の気合の要素は一切なく、おじさんたちはビールを飲み、噛みたばこを噛み、世間話をし、完全にだらだらとマイペース。でも、ベースボールに対する愛は隠しようがなく、長年親しんだグラウンドへの哀切がひたひたと伝わってくる。

"Eephus" Copyright Omnes Films

試合の行方は問題にされず、途中経過や、何なら得点状況も良くは分からない。ただ、個々のプレーは少しずつ出て来る。映画タイトルの「Eephus」とは、山なりのスローボールのことであると、劇中にベテラン投手が説明シーンがある。そして老人投手が見事な「イーファス」でストライクを決める。この痛快さは、野球を知らない国民には伝わらないし、伝わる自分が嬉しい。さらに、ホームランがいかに崇高な行為であるかを思い出させる場面があり、大谷さんの尋常でない活躍に感覚が麻痺している日本人にとっては、原点に戻るような気持ちになる…。
 
もう本当にグダグダなのだけど、結構プレーはちゃんとしていて、個々のプレーから、人柄がにじみ出る。日常に溶け込んだベースボールを通じて、プレーヤーたちの生活や背景が浮かび上がってくるようなのだ。どうやら試合は均衡しているようで、延長戦に突入するけれど、日没となり、もう止めようよとの声も上がる中、これが最後のゲームなんだぞ!との意見が勝つ。これは泣く。
 
隣のグラウンドでは、若者たちがサッカーをしている。同じスポーツとは思えないほど、かけ離れた世界だ。でも、のんびりしたおじさんたちには、ベースボールが一番なのだ。そして、終わりゆくグラウンドを自分に重ねていくのだ。ベースボールには、哀愁が似合う。

「秋の日差しの中のデブの盗塁死ほど美しいものはないね」。仲間の憤死を目にしたチームメートが発したこの言葉を、僕は永遠に脳裏に刻み続けるだろう…。

"Eephus" Copyright Omnes Films

いかん、いくらでも書き続けられそうになってしまうのでやめよう。日本人にウケるだろうなと思いつつ、基本はエンタメでなくアート映画なので、その塩梅は商売としては難しいかも。いや、でも紹介したい!
 
11時から、コンペで、ジャック・オーディアール監督新作『Emilia Perez』へ。こちらもかなりいい。コンペ受賞候補に躍り出たのではないだろうか。全編スペイン語の作品。
 
メキシコのギャングの大物男性が、女性になりたいと願い、有力弁護士に大金を約束しつつ半ば脅す形で協力を依頼する。女性になり、そして裏社会から縁を切るという。弁護士は下準備を整え、ギャングは念願の女性となり、エミリア・ペレスと名乗る。エミリアは精神的にも肉体的にも解放され、深い満足を味わう一方で、子供たちへの想いが募り、再び弁護士が駆り出される…、という物語。

"Emila Peres" Copyright PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - SAINT LAURENT PRODUCTIONS - Shanna Besson

突然人物が歌って踊り始めるタイプのミュージカルで、その楽曲と演出がことごとく素敵でカッコよく、芝居と物語進行に違和感なく溶け込んでいる。弁護士役にはゾーイ・サルダナ(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のガモーラ役の人)が素晴らしい。そしてエミリア役には、実際にトランス女性であるスペイン出身のカルラ・ソフィア・ガスコン。そしてエミリアの元妻役に、セレーナ・ゴメス。
 
性別を変えることで肉体と精神が合致するのはいいとして、元のギャング気質まで変えられるのかどうか、がテーマのひとつにもなっていて、それはジェンダー論にも踏み込んでいるのだと感じつつ、オーディアールの職人技のストーリー・テリングに持っていかれる。さすが。これは受賞に絡むでしょう。

"Emila Peres" Copyright PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - SAINT LAURENT PRODUCTIONS - Shanna Besson

上映を離れ、13時からトークのMCをすべく、「ジャパン・パビリオン」という日本映画業界の拠点的な場に向かう。急きょ決まった話なのだけど、声をかけてもらえるのは光栄。しかも、「監督週間」に選ばれた2本のアニメ、山村浩二監督の短編『とても短い』と、長編の久野遥子監督『化け猫あんずちゃん』(山下敦弘監督と共同監督)を記念して、山村監督と久野監督を招いてのトークなので、新潟国際アニメーション映画祭業務をお手伝いした身としては、とてもありがたいお話なのだ。
 
製作に至った過程や、国際共同製作における意義、クリエイティブへの影響などを伺い、あっという間の1時間。今回は日本語でのトークに逐次通訳を入れたので、1時間では少し足りず、はじめてみるともっと聞きたいことが出て来る…。また日本でもお二人にお話しをお伺いできる機会がありますように。

右から、久野遥子監督、山村浩二監督、僕

16時15分から、「スペシャル・スクリーニング」部門で、フランスのクレール・シモン監督による新作ドキュメンタリー『Elementary (仏題:Apprendre)』へ。映画祭ディレクターのティエリー・フレモー氏が登壇し、自身が専門でもあるリュミエール兄弟に言及しながら、リュミエールの撮影に起源を持つ学校の映画を撮ったクレール・シモン監督に敬意を表する。シモン監督は、かつてフランスの有名な映画学校である「フェミス」の受験の様子を撮ったこともあり、映画と学校という組織に深い関心を示してきている。今回は、パリの小学校の子どもたちにカメラを向けた。

"Elementary" Copyright Condor Distribution

小学校低学年での手取り足取りの授業の様子から始まり、日本でいう3年生くらいの学年で宗教に対する考え方のディベートがあったり、高学年の音楽の演奏があったり、小学校の授業の様子が複数の角度から描かれる。フランスの小学校教育の一面が見られて、とても興味深く、そして率直な子供たちの姿に魅入られずにはいられない。
 
19時から、「カンヌ・プレミア」部門で、レオス・カラックス監督新作『It's Not Me』。自身の作品も含む、様々なイメージと言葉のコラージュ。まさにストレートなゴダールへのオマージュであり、ゴダールの芸風の継承とも見れる。40分程度にまとまっており、まさに眼福。

"It's Not Me"  Copyright Les Films du Losange

上映の前に、係の人が「クレジット後にサプライズがありますので、そのままお残り下さい」とアナウンス。昨日のプレミア上映ではティエリー・フレモー氏が言ったらしい。フランスの観客は本編が終わると速攻で席を立つので、そう言っておかないと逃してしまうのだ。そして、そのサプライズのサプライズたるや!これは本当に驚いたというか、幸せだった!どんなに予想しても絶対に当たらないと思うので、もし日本で見られる機会が訪れたら、本当に楽しみにしてもらいたい!

"It's not me" Copyright Jean-Baptiste Lhomeau

22時半からの上映に向かったものの、急ぎの業務が発生し、ホテルに戻ってパソコンに向かう。もろもろあって、2時就寝。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?