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カンヌ映画祭2024日記 Day7

20日、月曜日。薄曇りで日差しは弱め。雨もあるかも?6時20分起床、ルーティンを経て、8時に「批評家週間」の会場「ミラマール」へ。
 
8時半から、「批評家週間」のコンペ部門出品作で、中国系米国人女性のコンスタンス・ツァン監督による長編第1作『Blue Sun Palace』。NYのクイーンズ地区を舞台にした中国系の男女の物語。女性は、勤務するマッサージ店でとある悲劇に見舞われ、同様にその悲劇を嘆く男性との距離を探っていく…。という要約は少し不正確なのだけど、孤独な男女の心のよりどころを見つめていく作品、と言っていいかな。

"Blue Sun Palace" Copyright FIELD TRIP MEDIA

ワンシーン・ワンショットを多用し、引きと寄りも上手く使い分けながら、落ち着いた演出で厳しい心情を穏やかに綴っていく語り口に好感が持てる。カンヌでは1本目から化け物みたいな監督もいる中、本作は良い意味でフレッシュな新人監督らしさが感じられる。台湾出身だという背景を持つ男の役に、リー・カンションが扮しているのが映画ファンにはとても嬉しく、好人物ながら残念な側面も持つ男を演じて絶品。

"Blue Sun Palace" Copyright FIELD TRIP MEDIA リー・カンション

会場を移動して、11時から「ある視点」部門でフランスのジュリアン・コロナ監督の長編第1作、『The Kingdom(Le Royaume)』。コルシカ島を舞台に、ティーンの少女が、父が一方の主要人物である島内の抗争に巻き込まれていくドラマ。あるテロ事件をきっかけに報復合戦が続き、死人が増える中、父と娘は互いに向き合っていかざるを得ない、という状況が柱になる。
 
島内の対立の背景がもう少し理解できると良かったのと、全体として想定の範囲内に収まってしまっていることが残念。ただ、コルシカ特有の空気感は良く出ていて、ヒロインの少女のまなざしの強さはとても印象に残る。

"The Kingdom" Copyright 2024 - CHI-FOU-MI PRODUCTIONS

13時に上映が終わり、次が14時半。よし、久しぶりに昼食を食べよう!とホテルの近くのスーパーに行って、パスタサラダを買って部屋で食べようと企んだら、気持ちいいほど全て売り切れていて、パスタサラダどころか、サンドイッチも何も無い。まるで災害時のスーパーの棚状態だ。やはりフードロスを避けるには、需要より少なめの供給がいいのかな…。

Day2以来ランチは食べていなくて(時間がない)、日本で買い込んできたカロリーメイト的なものをぽりぽりかじってやり過ごしていたのだけど、まあしょうがない。腹は減るけど、逆に腹が減るのは健康の証だとも思っているので(食欲が無いのが一番やばい)、そう思うと空腹も悪くないのだ。

次の上映を良い席で見たいので、開映の14時半から1時間前の13時半に会場に行き、列に並ぶ。当然暇なので、列の前の西洋人男性のTシャツが気になったので、ぱしゃり。これは伊藤潤二?んー、違うかな。何だろう。

14時半から見たのは、コンペで、待望していたフランスのコラリー・ファルジャ監督新作『The Substance』(扉写真も/Copyright Working Title)。いやあ、これはすごかった!ファルジャ監督は、前作の長編1本目『REVENGE リベンジ』において、超大量の血が溢れるバイオレントな復讐劇で驚かせた存在。2作目で早くも米国に進出し、数倍のスケールでとんでもない作品を届けてきた!
 
これはストーリーを書きたくない…。デミー・ムーア扮する元スター女優が、年齢とともに容姿が「衰え」、仕事を失い、とある処置に手を出すことから始まる奇想天外な物語、と書くのに留めよう。

"The Substance" Copyright Working Title

ホラー、ではない、はず。SFと呼んだほうがいいか、それともSFホラー?んー、どれも違う気がする。血の量はまたもや半端ではなく、そして目を背けながら笑ってしまうグロテスクなシーンには事欠かないのだけれど、もはやジャンルは関係なく、映像のクオリティーの高さ、アイディアの秀逸さと独創性、そして現代的なメッセージの強度で圧倒してくる寓話、と言ったらいいだろうか。B級感は微塵もない、超A級作品。
 
内容の大ヒントになってしまうけれど、本作は「美」と肉体のあり方を問いかけ、その主題としては『バービー』の変奏版とも捉えていいのではないかと感じた。そして、そう、今年のカンヌのコンペの審査員長は、グレタ・ガーウィック!ということは!?
 
不穏な気持ち悪さはリンチやクロネンバーグらさえをも想起させ、コラリー・ファルジャ、凄い。まだコンペは半分程度を過ぎたばかりの段階だけど、僕は現時点でパルムドール候補に推します(まだコンペ半分だけど)。デミー・ムーアも、共演のマーガレット・クアリーも、ともに壮絶。
 
心から楽しんで、17時からフランス人の旧友に再会すべく、カフェへ。久しぶりに近況を報告をし合って、18時に解散して劇場に移動。とここで、強いにわか雨に降られてしまう。そんなこともあるかもと、折りたたみ傘を持参していたので助かった。
 
18時15分から、「監督週間」出品の台湾映画で、チャン・ウェイ&ユウ・ハオ・イン監督の長編1作目『Mongrel』へ。作家志向が強く打ち出されたアート純度の高い作品で、新人にして、ダークでミニマルな演出美学を貫いた意志の強さに心底感心する。
 
不法移民と思われるオームという青年が、移民を闇で働かせているボスの下、地元の村で老人や障害者の介護の仕事をしている。移民をとりまとめる立場でもあるオームは、ボスと移民達との間で板挟みになり、そして自分が世話をしている老人と障害者に対してもある決断を迫られる。

"Mongrel" Copyright E&W Films

上記のあらすじは、全体の大枠に過ぎず、物語の細部を追うのは難しい。というのも、ストーリーを追わせて引っ張る作品ではなく、省略が多用され、シーンの間に繋がりが無い場合が多い。全体の状況を類推しながら、スタンダードサイズの画面に現れる各シーン/ショットが放つ強度(という言い方しかとりあえず今は思いつかない)にひたすら惹き込まれる作品だ。画面を見つめるだけで集中力が途切れない。これはなかなかにすごい。
 
終始暗めの映像に目を凝らすのと同時に、音の演出の見事さにも非凡さを感じずにいられない。大した才能が台湾から出てきたものだ。フィルメックスに期待したい(勝手にごめんなさい)。
 
21時15分から、同じく「監督週間」で、スペインのホナス・トルエバ監督による『The Other Way Around』。15年以上共に暮らした男女のカップルが付き合いを解消し、それを記念したパーティーを開こうと企画するものの、友人たちは困惑するという状況を描く大人のロマコメ。

"The Other Way Around" Copyright Les Films du Worso

カップルは、女性が映画監督、男性が俳優で、2人が作った最新映画が本作の内容であるらしいという、入れ子構造的なメタ映画になっているところが、面白いところ。やがて、見進めていくうちに、この映画の難点に気付くことになるのだけど、それを劇中のスタッフが映画内映画の試写を見て指摘する、という不思議な経験が訪れる。つまり、観客が見ながら徐々に気付く映画の難点を、映画の中の人物が指摘する。これはなかなか珍しい。
 
壊れていく男女のカップルの映画の金字塔といえば『ある結婚の風景』であり、ベルイマンの名が真っ先にあがるように、劇中でもベルイマンには複数回言及され、「ベルイマン占いカード」も登場して欲しくなる。さらにはトリュフォー『家庭』も連想していると、ちゃんと劇中のカップルはパリのトリュフォーの墓を訪れる。そのような映画ネタも、ファンには嬉しい。
 
男女の演技も素敵で、軽妙なタッチの中のひねりの面白さを楽しめるのだけど、少しだけ技に溺れたというか、アイディアに溺れた感があり、最終的には深みに達しきれていないところがいささか残念。でも、ナイス。

0時にホテルに戻り、「柿の種」(夕食だ)をつまみながらワインをすすってパソコンに向かっていると2時半になってしまい、慌てて就寝。



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