「意味がある」とは何なのか?

山口周さんの言ってる「意味がある」について、しっくり来てるような来てないような感じだった。例えば、子供の落書き。これは明確に役には立たないだろう。ただ、意味があるかどうかといえば、自分の子供の落書きなら意味を見出せるかもしれない。だとしたらすべてのものになんらかの意味があると言えないか?

ペアドク仲間のおさみさんのnoteを読んで、この点がすっきりしたので僕もnoteに書いておく。彼のnoteを引用すると、

どんな意味があるかと言えば、世界観を実現させる意味を持つ。
それは、もしかしたらとても役に立たない無駄なことかもしれない。
しかし、それに関わる(利用したり、買ったりする)人には、根本にある「世界観に参加する」という大きな意味を持つことになる。
つまり、世界観をつくり出し、それを実現しようとする行為の中に、意味があるをつくることがセットになっているということだ。そして、世界観なしには、それは実現されないということである。

「意味がある」は世界観とセットであり、単独では存在しないとのこと。うんうん、そんな気がする。役に立つと意味があるの生まれるプロセスを丁寧に絵にしてみる。

役に立つと意味がある

役に立つは、何処かの過去と現在の間に矢印を引くことから始まる。そして、その延長線上に未来があると「予測」する。その方針に従ってるものは「役に立つ」なのだ。紐づく思考としては、「直線的」「客観的」「サイエンス」といったところだろうか。

大企業の新規事業を作る時をイメージしてほしい。競合を調査する。これは過去だ。そして、自社と競合の差を明確にすると方針ができる。だから、うちも競合と同じサービスをしましょう!となる。これは確かに「役に立つ」わけだ。

何処の先行事例を持ってきたらよいかを考える際、現在成功しているかどうかしかないが、次の瞬間、どうなるか分からない世の中では難しいというわけだ。

役に立つと意味がある2

一方で、意味があるは、誰かが未来を妄想する(世界観を作る)ことから始まる。そして、そこと現在を逆算するのだ。当然、過去との延長にはない。この世界観を信じてもらうためにストーリーがある。そのストーリーの一要素が意味があるということなのだ。紐づく思考としては、「曲線的」「主観的(説明できない)」「アート」といったところだろうか。

青臭いベンチャーをイメージしてほしい。社長の思いがあり、それをベンチャーキャピタルに説明し、出資してもらい、人を集めていく。そこで必要なのは、この世界がどんなに素晴らしいかというビジョン、そしてストーリーなはずだ。

とまぁここまで書いたけど、もちろん、サイエンスの領域にいるベンチャーキャピタルの人を説得するにはそれなりにサイエンスを語ることも必要だ。ただ、それは、世界観を正当化するためにサイエンスを使ってるということ。つまり、サイエンスとアートは使う順番・脳みそを切り替えるということが大事だと感じた。

最初の例に戻るけど、子供が落書きしたとして、見る側がそこに子供の世界観を想像してあげると、その文脈において意味があるになるわけだ。自分の妄想をすることも大事だけど、人の妄想を拾ってあげてストーリーにしてあげるのも大事な役割だなーと気づく。




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