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物言わぬが花、物申すが花魁。

「ほんとうの、遊女みたいだね」

謎多き彼が、コールの数分前にぽつりと言った。
ほんとうの、ゆうじょ。音をそのまま繰り返す。


「昔ちょっと知り合いに頼まれた記事を書くのに吉原について調べててさ。取材兼ねて何度かお店に行ったこともあったんだけど」


謎がまた一つ増えた。
花粉症持ちで、でも春はよく沖縄に居るから大丈夫で、オタク気質もありつつ、美味しいパンを知っていて、そしてアナル責めがとても上手い。(本当に技術のある人にしか許可しない)

でも、多かれ少なかれ、どんなお客さんも謎なのだ。
本名も仕事も知らず、日々の顔を知らない。どっちがほんとうの顔かなんて野暮な話はしない。


「売れてた遊女は、一晩で20両動いてたりしたんだよ」
「20両って、どのくらいですか」
「300万くらい」
「さんびゃくまん」
「彼女達の仕事は、"感じること"だったわけだよ」

勿論、他に芸達者だとか、宴だとか、今の"ソープランド"ではなく"遊郭"だった頃は何かと入り用だったのだろうけれど。
それでも、一つの共通項は。
体を重ねて、"感じる"ということだ。


卑下でも何でもなく、私は顔が格段可愛い訳じゃないし爆乳でもない。齢もぴちぴちの20過ぎとかじゃないし、技を覚えて磨いて相手を骨抜きにするテクニシャンでもない。

唯一の取り柄は、嘘をつかないことだ。会話もだし、何よりベッドの上で、決して嘘をつかない。そして、全力で感じ抜くこと。本当に、これしか強みがない。


誰でも割と気軽にソープ嬢になってしまう現代の泡沫の海で、その一つの旗だけを閃かせて揺蕩っている。


そして。この仕事を始めてから今まで一度たりとも、仕事に行きたくないとか嫌だとか思ったことは無い。楽しいし、気持ち良いのだ。気絶しそうになるほど体力は奪われるけれども。

一日ご予約は三本まで。出勤した翌日は筋肉痛が酷すぎて布団からしばらく出られない。当然連勤不可。相性の良すぎるお客さんには此方からお願いしてラスト枠だけに入ってもらう。

ある意味最高に稼げる仕事で、最高に効率の悪い働き方をしている。
多分、働いているという意識がない。そのまんまの私で居る。むしろ此方がプライベートなのかもしれない。どれもがほんとうの顔である。



コールが鳴って慌ただしく部屋を出て、未だ冬の寒い外へと出てゆく彼を見送ったあとも、その言葉はしばらくの間耳に残っていた。そして、心の方へとゆっくりと溶けていった。

きっとこの言葉は、この「私」を肯定して背を押してくれる言葉たちの一つなる。それは私の持つ中で一番の宝物だと思っているから、こうして決して忘れないようにどこかに書きつけるのが常になっている。




ほんとうの、なんて物はきっとないのだろうけれど。
それでも、言われて嬉しかったという思いだけは、ほんとうだ、と言いきれる。




出勤前に飲むコーヒー。ごちそうさまです。