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釈正輪老師講話会

昨日は久しぶりの釈先生の講話会

http://www.syakusyorin.com/

釈先生とは早10年近くの付き合いの中で、強く仰られるのは死について。
そして、いつも経験、体験談を基に話をされるので、そこが学ぶべき点として大きいなと感じ
また、普通では考えられない様な大変な体験談の中で特に命を絶ってしまう事については昔から話を聞く機会が多く
さほどお金にならないであろう、講話会を何十年とやり続けるその姿勢が素敵だな!と
いつも大局な視点から物事を見ているのでお会いして10年、
こちらが何かやらかしたり、遅れたりがあっても一度も怒った事を見たことが無いという強者の先生でもあります。

今回は、死や病気や生活苦などの現象よりもその奥にある「孤独」が問題であると。
宗教家の役割も本当に素晴らしい〇〇学や〇〇さんの教えであれば、もっと自殺者が少なくなるはずで、救えるはずにも関わらず未だ、2万人、3万人という数が続いているのは、教えよりも1人1人に寄り添う姿勢の方が大切で

それをお釈迦様はやっていたとの事で釈先生が仰っていた、本当に救えるのはお釈迦様の教えの原点に立ち戻って、歩いて歩いて人の悩みに寄り添う姿勢が大事とのこと
動画は以前のものですが



釈先生曰く、命を絶つ要因となってしまうのは環境の変化が大きい要因として挙げられ
その中で、友の大切さを言われており

自分という1個人が認めてもらえない時、憂鬱になり、ストレスを感じ、その先に命を絶つ
きれいごとで命は大事というのは誰でもわかっている。それでも頑張っていけない状況になる、周りの環境も存在している。
(遺書が無くて不審死扱いにされている自殺を含めると、軽く10万人を超えているのが実情だそうです)

私が私が!となるのは人間だれしもそういう心を持っている弱い生き物である。みんな寂しい生き物である。だから友達となって認め合うのが自殺を止める1つのヒントになる。

頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。
本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく 本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから 親子関係、友達関係など。 昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。 (家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。 その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが

現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中 人間関係、お金、家庭など 悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に ※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。

だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
釈先生からは、そういう孤独な方の心の訴えが自殺という訴え以外の選択肢が無くなったと。
1人でも気持ちを汲み取って寄り添う人がいれば!!
経済苦などどうしようも出来ない悩みであったとしても、近くに寄り添い続ける事で本人が頑張るきっかけを保ち続けると!
その点はかなり力強く聞かせて頂きました。