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釈老師講話会

ZOOM開催での釈先生講話会開催

今回コロナに関連しての現実的な話あり、どう乗り越えるかの話から鬼滅の刃もあり、深い内容でした。

コロナが起きる前から現在も踏まえて、情報の錯綜の中で何が本当かわからないからこそ世情に流されることなく現実を受け入れ正しい知識をもつ
そして我欲はどんなに人間が進歩しても変わる事がないから
今あることをそのまま受け入れて正しいものをきちんと見る

また、釈先生の話の中で、今年も変わらず生死について

特に自殺について思うところが強く、改めて本も読み直しと。いつも、釈先生とお会いする時というのは自分の心が落ちてるときが多くて、、元気をもらいにお伺いしている感じで。


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生死についての過去の内容から

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釈先生曰く、命を絶つ要因となってしまうのは環境の変化が大きい要因として挙げられ
その中で、友の大切さを言われており

自分という1個人が認めてもらえない時、憂鬱になり、ストレスを感じ、その先に命を絶つ
きれいごとで命は大事というのは誰でもわかっている。それでも頑張っていけない状況になる、周りの環境も存在している。

私が私が!となるのは人間だれしもそういう心を持っている弱い生き物である。みんな寂しい生き物である。だから友達となって認め合うのが自殺を止める1つのヒントになる。

今でいうならコロナも同じく、人間関係の問題以上にお金の問題がかかわってきて、他人と交われないストレスも出てくる中で、もう教科書通りの答えがなくなってきた中で、いかに人の心に温かさや気持ちが伝わるかが重要なのかなと。さらに温かさだけでなく、解決に至る為にお金だったり、住む場所だったり、食べるものだったりと。

自分もちょっと前にもうダメかなと思いながら、自分ひとりでは気持ちがおちても周りから見ると、あんまり気にする問題でもないよ!みたいな感じで拍子抜けする事も多々ありで、、1人で抱え込む事の危うさを感じるところです。

釈先生曰く

頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。

本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく 本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから 親子関係、友達関係など。 昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。 (家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。 その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが

現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中 人間関係、お金、家庭など 悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に ※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。

だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
それがないと誰かがいじめの対象になり そのいじめの対象は弱者に対して向かっていく。 それが子供だったとしたら、その子の将来はどうなるのか? 子供が攻撃されているならば、尊敬出来る親、先生など身近なところに常にストレスを抱えてしまうのではないか。 しっかりとその子の将来やその子が育って作る社会を考えて 大人が自覚を持って接する事が求められている。