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息子へ

三年前のことだったね。
なんとなく、お試しで受けた入塾テストに落ちて。
なんとなくだけど、親子で悔しい思いをして。
なんとなくだけど、お正月を潰して勉強して、再度挑戦して。

そうして入った、進学塾。

とはいえ、当初は深く考えてなかったよね。
お父さんはそうだったよ。
君もそうだったんじゃないかな。

小学一年生から始めた野球。
最初はイヤイヤだったけど、野球好きのお父さんに無理やり連れられてチームに入って。
でも、だんだんおもしろくなってきて。

次第に、思いがけずの才能が開花していって。
チームの中心選手になれたね。
あんなに遠くに打球を飛ばす小学生、お父さんは見たことがないよ。

君の夢は「プロ野球選手になること」。
お父さんの夢も「君がプロ野球選手になること」。

時に、お父さんがお母さんに怒られるくらい、
夜遅くまでだったり、雨の中でだったり、過酷な練習をいっしょにやってきたね。

お父さんは、君に夢を見ている。
野球で、行けるところまで行ってほしいって。

そして、その夢の選択として、君と、お父さんとお母さんは、
中学受験の道を選んだ。

野球で上を目指すのなら、野球を一生懸命に頑張ればいい。
そうなんだけど、君と、お父さんとお母さんは、野球一本に賭けることはしなかった。

いわゆる「野球名門校」の附属中学に入って、中学から思いきり野球に集中する。
そんな道を選択した。

そう決意したのは、去年の夏のこと。
でも、君も、お父さんもお母さんも、考えが甘かった。

今年に入って、所属していた少年野球チームを休部して。
受験勉強に専念することにしたけれど、僕らの考え方は甘かったんだ。
年末年始はたっぷりと遊んで。
勉強をするにはするけど、頑張ってるご褒美だと言ってはゲームをやらせて。
動画も見放題。寝る前までタブレットで遊び呆ける。
そして、それらを看過するお父さんとお母さん。

甘かったね。

「二月の勝者」という、中学受験をテーマにした漫画を、お父さんは今年の春に友達から教えてもらった。
たかが漫画。されど漫画。
そこに描かれている内容に、お父さんとお母さんは衝撃を受けた。

これが、中学受験の現実なのかと。

君は、受験生なんだ。
もう、遊んでいるヒマは無い。
気づいたのは、手遅れになる一歩手前だった。

そう、まだ手遅れではない。

「二月の勝者」を、あえて君にも読んでもらった。
その影響か、ようやく危機感が芽生えたね。

大好きな野球だけれども、ボールひとつ握れない。素振りの一本もできない。
毎月楽しみにしていたコロコロコミックもやめた。
ゲームももちろん禁止。
動画も禁止。
楽しみは、応援しているヤクルトスワローズの試合結果を夜のスポーツニュースで見ることくらい。

こんなの、小学生に強いることじゃない。
正直なところ、お父さんはそう思っている。
でも、もうやるしかない。

野球で上に行くために、野球名門校を、学業で目指す。
この道を選択したからには、もう、やるしかないんだ。

挫折するかな、とも思った。
こんな異常な生活に、君は耐えられないんじゃないかとも思った。
だけど、君は腹を括ってこの道を進んでいる。

それだけでも、もう、自慢の息子だよ。

週に三回の塾。
平日、塾が終わって帰宅するのは22時近く。
それから夕食を食べ、風呂に入り、さらに勉強をして、寝るのは23時半を超える。
お父さんが小学六年生の頃は、遅くても22時には寝ていたよ。
体を壊さないかと心配している。

塾のテスト前には、24時頃まで勉強をしているね。
しかも、すごい集中力で。

それでも、君は以前と変わらず明るく笑ってくれる。
勉強が楽しいわけじゃないのは知っている。
本当は野球がやりたいのもわかっている。
なのに、君は君のままでいてくれている。

ありがとう。

がんばれ。
お父さんは、その言葉を君にはかけない。
もうすでに、がんばっているもの。

この異常な生活は、永遠に続くわけじゃない。
来年の二月には終わる。

どんな結果であれ、君は、二月の勝者になるだろう。


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