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セルフ・コンパッションとエヴァンゲリオン

生き残るっていうのは、いろんな意味を持つ
死んだ人の犠牲を受け止め
意思を受け継がなくてはいけない
つらいのは君だけじゃない

新劇場版エヴァンゲリオンの2作目『破』で加持リョウジが主人公 碇シンジに語った言葉です。

『つらいのは君だけじゃない』

不思議な言葉です。発言する人の意図や文脈、受け取る側の意識によっては、つきはなしたようにも、非難のようにも、あるいは共感や励ましの言葉のようにも捉えられる。
このセリフは、加持リョウジが碇シンジに対して直接的に語りかけたという形ではなく、登場人物の一人である葛城ミサトについてのなかば独白のような形で語られており、発言者の感情や主人公の受け止め方については(おそらく意図的に)掘り下げず、説明をしないことで、観客がその意味を自分で考えることを促すような演出となっています。

『つらいのは自分だけじゃない』と認識することは、ある意味で自分自身の特殊性のようなものを手放すことを意味しています。一方で、そこには同時に困難を相対化して乗り越えていくための、何か救いのようなものがあるようにも思えます。

『自分だけが特別につらいわけではない』と考える特性は、心理学的には『Common Humanity(共通の人間性)』と呼ばれており、セルフ・コンパッションの一部であると捉えられています。セルフ・コンパッションというのは友人と接する時のように自分自身を慈しみ大事にするような心性のことです。

日本の大学生を対象とした調査を見ると、Common Humanity尺度のスコアとSelf-Kindness(自分への優しさ)尺度のスコアには0.38と中程度の相関があるようです。
またCommon HumanityやSelf-Kindnessなどを統合したセルフ・コンパッション尺度の総合スコアと抑うつ尺度のスコアの相関係数は-0.57、主観的幸福感との相関係数は0.52とやはり中程度の相関が確認されています。

ゆるやかですが、自分自身を大事にする人ほど抑うつ傾向が低く、主観的な幸福感が高い。また『つらいのは自分だけじゃない』と考える人ほど辛いときに自分に優しく接する傾向があるようです。

こうしたデータを見ると『つらいのは自分だけじゃない』という言葉は、やはり何らかの救いにつながっている可能性があるように感じられます。


※もしかすると、セルフ・コンパッションとSelf-KindnessやCommon Humanityという概念の関係が入り組んでいるように感じられるかもしれません。この点については、後日別の記事にまとめたいと思います

[参考]
セルフ・コンパッション尺度日本語版の作成と信頼性、妥当性の検討 有光 興記;心理学研究(2014)
「非認知能力: 概念・測定と教育の可能性」小塩 真司 (編著); 北大路書房(2021)

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