ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(第10章)学力を高める指導の特徴の統合【358】
ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』を読んで学んだことを記録しています。今回は最後の章「第10章学力を高める指導の特徴の統合」を読んで学んだことをまとめていきます。
教育を経験や同僚から聞かされる武勇伝など、過去の成功体験だけに囚われることなく、客観的なデータや分析もそういった経験にプラスされていくと、より教育の質が向上することが期待できます。そのために必要なエビデンスをこの本から読み取っていただきたいと思います。
第10章 学力を高める指導の特徴の統合
ここでは、「見通しの立つ指導・学習」と「証拠に基づく(エビデンス・ベースト)の意思決定」の重要性に触れつつ、エビデンスに頼りすぎることなく理路の通った説明ができることが研究においては重要だと書かれていました。私が現場にいた頃は、現場での経験と大学院などでの研究が手を取り合うことができれば、きっと教育はより良いものになっていくと信じていました。現場と研究の行き来ができれば、教育の効果は高まっていくのではないでしょうか。最終章として、これまでに重要だとされてきたポイントを本書に書かれていたポイントに合わせてまとめていきます。
学力を伸ばす教師の特徴
学力の向上に貢献する教師に共通する特徴について挙げられていました。その中でも私が重要だと思ったのは、「学習者の頭の使い方に気を配れる」、学習スキルを高める(例えば、「思考力・判断力を高めたり、問題解決能力の育成や学習方路の獲得」など)、「教師が求める以上のことをできるような学習者」を育てる、新たな知識や思考を応用できるような学びが提供できる、という特徴です。
つまり、理想的な学習の特徴としては、「問題解決過程で試行錯誤をしながら、概念を形成する有意義な学習」だと学習者が感じられるような学びの場を作れるような教師が学力を伸ばすのだと考えることができます。
双方向のフィードバック
本書では、見通しの立つことやフィードバックの重要性について何度も触れられてきました。そして、フィードバックも一方向的なものではなく、双方向で行われることが重要だと述べられています。
学習者にとっては、今の学習状況を俯瞰して見られるようにフィードバックを受け、教師は想定している学習者の状況と現状の差異がどれぐらいあるのかを学習者から受けることができると、教師は学習者の立場で学習をみることができます。
学習には困難がつきもので、学習者が困難に直面した時に、「自身の能力を伸ばそう」という強い意志が支えとなります。そういったモチベーションがあることで、繰り返しの練習に取り組み、「既有知識や考え方をもとにして物事を解釈したり(同化)、その知識や考え方の方法を構成し直すこと(調節)」ができるようになっていきます。
優れた教育を行うための6つの指針
ここでは、これまでの章にも書かれていたことがまとめられています。簡単にまとめると、
・教師は学習に強い影響をもたらす
・ときに指示をうまく与えて、思いやりをもって情熱的に取り組む
・個々の学習者と集団全体の傾向に配慮し、意味のある学習にする
・学習方法についての提示ができ、目標や到達基準を明確にしながら、的確な助言ができる
・学習者の思考が、自身の力で広がるように促す
・問いが歓迎され、安心して学び直しや学習に取り組む雰囲気を教室や職員室に作り出す
ということが書かれていました。この項目では、教師の労働条件も少なからず影響するということも書かれていました。現在の日本の教員の働きすぎの問題について考えると、これは研究よりも大きな効果があるのではないかと考えます。
学校選択制
保護者にとってよいと思う学校を選ぶことで、教育の質が向上するという考えについて、それが正当なのかどうかについての言及があります。
学校選択制を導入すると、教育条件の整った学校に自己調整能力が高く、経済的に恵まれた保護者をもつ児童生徒が集まりやすくなります。
教育バウチャー制を10年以上実施しているニュージーランドでは、学校間格差が劇的に拡大したとされています。
教師自身の振り返り
教師が今行っている取り組みについて、俯瞰して考えるための要素が書かれていました。それについてまとめたので、自身の取り組みについて考え直したい方は確認をしていただければと思います。
・学習者の置かれている状況を無視していないか
・前例があるという理由だけで教材選んでいないか
・何かをさせ続けることだけを目的にさせていることはないか
・努力を促すことよりも、興味を引くかどうかに焦点を当てていないか
・難易度を調整したり学習者の挑戦ではなく、簡単に進められるような教材を選んでいないか
一定の期間で自身の取り組みを振り返るきっかけとなる評価基準を設けること、教師同士で学び合ったり議論できる場があれば、学習者への良い効果も期待できます。
教師も学習者としての立場で安心して教育実践ができる環境が必要です。間違いを許容でき、信頼関係のある職員室が学習者にも良い影響をもたらします。
Nuthallの研究
2005年のNuthallによる研究では、教師が教えようとしていることの4割は既に知っていることであり、授業内容の1/3はクラス内の一部しか学べていないとされています。児童生徒は、教師がいつ自分に注意を向けるのかが分かっており、どうすれば一生懸命やっているように見えるのかを知っているため、教師側から表面的にしか学習にどれぐらい取り組んでいるのかが把握できない時があると書かれていました。つまり、児童生徒が落ち着いて課題に取り組んでいると、「それでうまくいっている」と勘違いしてしまうようです。
また、教師は何らかの成果物を作ることを大切だと考えてしまったり、どういうことを学習するのかについて話さずに、ただ時間内に終わらせることなどを重視してしまうそうです。同時に、子どもたちも学習を早く終えること、どうやって簡単に終わらせることができるのかという話題が多かったと言われています。
学習者に必要な経験というのは、「新たに構成される知識に見合った情報を作動記憶で操作するような経験を3-4回繰り返すことであり、そうすることで構成された知識が長期記憶に転送されるのである」とされています。これは、単なる繰り返しで触れるのではなく、さまざまな学習機会で触れる必要があるということです。
直接的な指導の重要性
最近では、学習者の自主性を尊重するという背景から、学習者の学習に関わる際に、直接的な指導を嫌厭する考えがあります。学習者の主体性は重要な要素ではありますが、学習に見通しを持たせ、目標や到達基準を明確にしつつ、適度なフィードバックを与えるにはある程度の直接的な関わりも必要です。そうすることで、学習者は学習に積極的に取り組むことができ、さらに自立性や自己調整能力も身につけることができるとされています。
つまり、教授法や関わり方については、1つの方法にこだわるのではなく、それぞれの強みを活かしつつ適宜切り替えながら進めることが重要であることがわかります。
教育条件よりも指導の改善
教育条件(能力別学級編制、学級規模、さまざまな社会階層の子どもを同じ学校に通学させること、財政支援など)は、学習形態には影響を及ぼしますが、直接それが学力を上げるわけではないとされています。
これまでの研究結果に出ていたように、小規模のクラスになっても大規模クラスと同じ授業などをしていても効果は上がりません。そのため、教育条件も視野には入れるものの、指導法の改善が優先的に考えられるべきだと述べられています。おそらく、最も効果的なのは、教師の指導力が高まる中での教育条件の変化なのではないでしょうか。
処方箋の罠
指導法に万能なものなどないということをどれぐらいの教師が理解できているでしょうか。教育のトレンドで協同学習を取り入れたとしても、直接的な指導の方が効果を生むときもあります。特定の指導法を鵜呑みにして実施することは危険であり、効果的な指導法に関する考えを広げたり深める機会が必要だと書かれています。
課題の難易度は中・高学力の学習者に合わせて、速度を低学力の学習者に合わせるような指導方法がこれまでに取り組まれ、この方法では結果的にすべての学習者が不利益を被ることになり、どの学力の学習者にとってもやりがいや動機づけがうまくいかないことが起こります。こういった学習形態はすぐに再考する必要があります。
教師は、教科書や好みの指導内容、伝統的な進め方に依存することなく、期待する成果(達成目標と到達基準)から構想するという「逆向き設計」で授業を構成する必要があると述べられています。
「人はどう学ぶのか」に関する近年の研究
「人がいかにして学習するか」に関してまとめられた近年の代表的論文で示されていた3つの大原則をここに引用しておきたいと思います。
ここで強調されているのは、「どこに向かっているのか」「進み具合はどうか」「次に何をすべきか」を学習者が把握することが肝心だとされています。
さらに、2001年のVosniadouによる「子どもはいかにして学ぶか」に関する原理の研究によると、「学習者の主体的な取り組み」「社会的な営みの中で学ぶ」「学習者の既有知識や概念を基盤に新たな知識が構築される」「理解、推論、記憶、問題解決ができる」「理解、推論、記憶、問題解決がしやすくなることで学習が促進される」「自分で学習の計画を立て、その状況を把握し、自分なりの学習目標を設定し、自分で間違いを訂正する術を知っている」「不完全な構造をもつ知識を必要に応じて再構築する」「一定期間の練習によって、ある領域の熟達者(柔軟な学習方略をもつ)になる」
そういった学びの姿勢に対し、教師が学習者の立場に立ち、彼らの気持ちを汲み取ったり、共感できることが必要だと書かれています。
精神的な欠席
実際の教室で授業が行われている中で、子どもたちが一生懸命に取り組んでいるのはどれぐらいの割合なのでしょうか。大人は自分ができもしないのに、ずっと集中するように促したり注意したりしますが、果たして自分達も同じようにできているのかというと疑問が残るところです。
本書で紹介されていた内容としては、「学習者の40%は『勉強をしているふりをしているだけ』であり、一生懸命に学習に取り組んでいるわけでも集中しているわけでもない」とされ、それが悪いかどうかの判断をするのではなく、現実的にそういう結果が出ていることをまず受け止めなければいけなません。本書の中では、多くの学習者が「身体的には教室に身を置いていても精神的には欠席している」という状態にあるそうです。「非常に多くの学習者が授業をさぼるし怠けてしまう」状況がある中で、学習というものについてもう一度、教師や学校がしっかりと考える必要があるのかもしれません。
学校教育の現状として、単位をとるために不正を行う学習者がいたり、授業についていけずに興味がなくなってしまったり、難易度が不適切で退屈する学習者も少なくありません。それは、学び方を教えてもらっていなかったために能力よりも努力することの大切さがわからないままであったり、授業がおもしろくないし、魅力を感じないから中途退学を選ぶ学習者も多いようです。教師は精一杯やっていると感じ、そういった主張をするときもありますが、根本的な部分でエビデンスを活用しながら、どのような指導があるべきなのかをじっくりと考え話し合える機会が必要だと感じました。
成果を上げている学校の特徴
エビデンスの十分な検証も議論が行われないままに、効果があると思い込んで財政を投入したけれど良い効果は見られなかったということもあるようです。また、実際に効果があったと見せかけの数字を算出することも少なくはないと考えられます。そんな中でも、成果を上げている学校の特徴についてまとめられていました。それは、「高い目標を設定している」「データを分析し自校の児童生徒の学力の状況を詳細に把握している」「形成的評価を実施している」「効果的な指導に関するエビデンスを教師が共同して検討を行っている」「時間を生産的に使っている」「指導的立場の教師が授業に対する指導助言を行っている」などがあるそうです。こういった事例はとても参考になるものだと感じます。
教師が変わらない理由などついても述べられていましたが、閉鎖的な環境の中にいるとより自分のやり方にこだわってしまうため、教師が学び直せることや間違いを許容する雰囲気、教師も学習者であるという認識は非常に重要だと感じます。
また、エビデンスをうまく活用して、個人的な見解や個人の武勇伝に依存することから脱却することが重要です。
その他の研究例
学力を高める指導をする教師
2007年のPressleyとRaphaelとFingeretの研究によると、学力を高める教師は、手本を見せつつもスキルを教え、読むことと書くこととを組み合わせた学習活動を絶妙なバランスをとりながら実施しているということがわかったそうです。また、児童に対して高い期待をもち、要求水準を次第に引き上げながら授業をすると書かれています。そして、長期的な視点ももちあわせており、年度の始めから、児童が自分の力で自己調整能力を高め、自らの行動を変容させ、また学習に取り組むことができるようになるということに対する期待を、共通認識としてもっていることがわかっています。
教師の専門性(熟練)
アメリカで専門職として資格を取れた教師とそうでない教師の違いについて調査した研究が紹介されていました。そこでは、「専門職資格をもつ教師のクラスの児童生徒の成果物のうち74%は深い理解のレベル、26%は浅い理解のレベルに到達」しており、「専門職資格をもたない教師のクラスの児童生徒の成果物は29%が深い理解、71%が浅い理解のレベルに到達」していることがわかったそうです。このように、教師自身が深い理解や概念的な理解ができているかどうかによって、学習者に与える課題にも反映されるということがわかっています。
熟達した教師の特徴
最後に、本書で紹介されていた「熟達した教師」の特徴についてまとめておきたいと思います。この著書では、あらゆる視点から教育の効果をメタ研究したものがまとめられてきましたが、学習の出発点である教師の在り方について考えて終わります。教師の特徴を理解し、そういった環境が実現できるための政策や学校の在り方などを考えると、学習者へよりよい影響がもたらされるでしょう。
・仕事への情熱を持っている
・柔軟で創造的な授業をする
・教育に関する豊かな知識を教室の状況に合わせて切り替える
・発達段階に見合ったやりがいのある課題に取り組ませる
・学習者がつまずくポイントを事前に予想し、対策を練っておける
・仕事に対して自問自答をし、必要に応じて支援を求める
本書での重要な指摘をいかして、これからの子どもたちのサポートをよりよいものにしていきたいと思います。
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