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海外での子どもの日本語(継承語)環境を設定するためのチェックリスト(ご案内)[457]

 私は現在、海外で育つ子どもたちの日本語学習をサポートする仕事をしています。仕事の形態としては、自宅の一室を教室のような空間にして、そこに来た子どもたちに日本語のレッスンを提供しています。また、教室まで来られない子どもたちにはオンラインレッスンを提供しています。
私がレッスンをする際に大切にしていることは、子どもたち一人ひとりの日本語能力や意欲などに配慮した日本語のレッスン(4〜18歳)を提供することです。

 2020年までは日本で公立の高校教諭として8年間勤務し、その後現在に至るまで幅広い年齢の海外で生活する子どもたちの日本語レッスンをしてきました。この4年間のレッスンに費やした時間は、ここ1年で平日1日平均3時間は授業をしているので、おそらく1000時間は超えていると思います。その他にも、これまでの公教育の現場経験を活かして日本在住の生徒向けのオンライン家庭教師もしています。


チェックリストを作ろうと思った理由

 海外で子育てをされている方々で、その国ではない言葉をどのように維持するのかについて頭を抱えている家庭は多いようです。

「家(両親や兄弟姉妹間)でしか日本語を話す機会がなく、せめて読み書きぐらいはできるようになってほしい」

「家庭言語は基本的に英語で、日本語は私(保護者のうちどちらか)しか話さないんです。可能ならいろんな日本語を話す人たちと関わって、日本語での意思疎通ができるようになっておいてほしい」

 こういった悩みは日本語に限らず、オランダ在住の韓国語やロシア語、台湾語やイタリア語話者にとっては同じような心配を抱えているようです。実際にバイリンガル教育について書かれた中島和子さんの著書にも書かれていましたし、オランダで知り合った家族も同じようなことを話していました。また、インターナショナルスクールでは母語を維持する努力を家庭で行うことが奨励されている学校もあります。
 もちろん家庭でできる努力もあれば、教室を利用することで得られる機会もあります。

継承語としての日本語教育に関わるまで

 私は、教育に限らず社会全体を見る力として価値観を広げたいと思いオランダに来ました。その中で、自分がオランダ生活でできることを探した結果、現在の仕事をすることになりました。
 高校社会を専門としていた私ですが、面接や小論文の対策講座をすることもあり、その中で日本の高校生が知識偏重に陥ってしまい「考える力」を身につける機会が不足していることを感じました。つまり、いろんな知識を知っているけれどもそれを繋げて説明したり、自分の考えを作ることに結びついている生徒が少なかったのです。そうなると必然的に面接や小論文で自分の考えを述べることは苦手となってしまいます。

 そこで、もう少し言語に焦点を当てたアプローチを知りたい思い、高校社会で論述形式の試験を検討するとともに国際バカロレア(IB)のカリキュラムについて学び始めました。それ以来、IBDP日本語Aのワークショップや社会科の探究学習の研究会などに参加して、自身も学び続けました。ちょうどそのタイミングでオランダに移住し、そこから子どもの言語習得やバイリンガル教育の研究についても学び始めたのです。

 高校教育に関わっていた私からすると、幼少期や小学校の間の教育というものがいかにその後の高等教育の基礎になっているかということを痛感させられました。それが仮に海外で学ぶ日本語であったとしても(むしろ学校外の学びとなる日本語学習においてはなおさら)、子どもたちの学ぶ姿勢の形成に大きく影響することが分かりました。海外における日本語学習は、そもそもがマイノリティであるためにインプットが圧倒的に少ないことから、日本語を向上させるどころか維持することで精一杯というのが現状だと感じます。

「家庭環境」が何より重要

 子どもたちの日本語レッスンをしながら感じることは、週に1回のレッスンだけでは日本語を維持するので精一杯だということです。しかし、ここで子どもの日本語力を向上させるためにドリル学習や宿題を増やしたところで効果は小さく(少しはありますが、やっているという安心感に飛びついてしまうことが多い)、むしろそれがマイナスの効果(日本語嫌い、学ぶことから逃げるようになってしまう)をもたらすとも考えられます。
 私が注目したいのは、子どもたちの日本語を学ぶためのモチベーションを維持することであり、家庭と教室の両輪で日本語環境を整備することが理想だと思っています。また、子どもによって日本語と接触する質と量が異なるので、それは個別の状況をよくみながら保護者と講師が一緒になって考えていくことが重要なのです。

 今回は、これまで教室を利用してくださる保護者の方々と多くの面談や情報交換、教室での子どもたちの様子や成長具合をふまえて、私なりに見えてきた「日本語を維持もしくは向上させるために必要な家庭環境」についてまとめます。

 これは個別の状況を一旦置いて一般的な話としてまとめています。これを正解として物事を判断ふるのではなく、参考として自分たちの判断材料にしていただきたいと思います。それぞれのご家庭で取り入れられそうなところがあったり、むしろ新しいアイディアなどが浮かんでくるかもしれません。つまり「自分の家庭だったら、どんなアプローチができるかな」と考えてみてほしいのです。

「海外で日本語が育つと感じた家庭環境の共通点」

 次回からの記事で、「海外で日本語が育つと感じた家庭環境の共通点」についてまとめていきますが、主に3つのタイプに分けています。

①「日本語=現地語タイプ」
 家庭言語は日本語で、学校や社会では現地の言語(もしくは英語)で学んでいる
(生活言語が日本語、学習言語が現地語or英語)

②「英語=日本語=現地語タイプ」
 家庭言語は英語(両親のいずれかが日本語話者)で、学校や社会では現地の言語(もしくは英語)で学んでいる
(生活言語が複数、学習言語が現地語or英語)

③「現地語>日本語タイプ」
 家庭言語は現地語と日本語で、学校や社会でも現地の言語で学んでいる
(生活言語は現地語と日本語、学習言語は現地語)

 もちろんこれで全てを分類できるわけではありません。グラデーションのように①と②の間や、②と③の間の家庭もあります。これまで聞き取ってきた情報を参考にまとめておりますので、それぞれの家庭の状況を考え直すために該当する番号の内容の両方を参考にしていただけたらと思います。

大切なのは「保護者が考え続けること」

 私自身も大きなグループ分けは行うものの、子どもによって向いているアプローチは異なります。あまりグループを意識しすぎずに、子ども一人ひとりの個性や趣向に目を向けるようにしています。
 例えば、子どもが「本好き」であれば、言語環境についても問題の半分は解決できるのではないかと思っていますが、本が好きでなくても他に実践できるアプローチはあります。また、家庭によって日本語学習の目標も異なるので、あくまでグループごとの特徴は参考程度にしておくことが良いと思います。
 それらを参考にした上で、「それならば自分の家庭ではどんなことができるか」を考えてください。

最も避けるべき共通した事態

 最も避けなければいけない状態は、子どもが嫌がっているのに無理やり学ばせることです。これは一時的に日本語の力を伸ばすこともありますが、長期的に考えると「日本語嫌い」を生み出す原因となってしまい、「日本語を勉強させられる時間以外は日本語から離れたい」と考えて自分から日本語に向き合ったりする時間がなくなってしまう恐れがあります。子どもにとって日本語が苦痛なものになってしまうと、自分から学ぼうと気持ちを持つことができなくなります。これだけは何としてでも避けたいところです。これは、子どものためと言いつつ、実は保護者がその不安をかき消すために子どもの気持ちが犠牲になっていることがあります。この状態から日本語を伸ばすというのはかなり難しくなってしまうので注意ぎ必要です。

 教室のレッスンにおいて私は、「日本語の読み書きが最初できないのは誰にでもあること。何よりも『やってみようと挑戦すること』が素晴らしいことだから、たくさんチャレンジして間違えて、少しずつできることを一緒に増やしていこう」というスタンスで学ぶことを伝えています。
 しかし、家で半ば無理やり勉強させられていたり、間違えた時に親から怒られたりしている子は、挑戦することに抵抗を示します。難しいことをするのは嫌がり、自分が簡単にできるものを選ぼうとします。「できなかったらダメだ」「わからないものが出てくると気持ちが落ち込む」という経験を家庭で何度も経験していると、自ら日本語の世界を広げる意欲を失ってしまいます。レッスンではなるべく、間違えても大丈夫、できるようになったことが1つでもあればそれは素晴らしいこと、と伝えます。しかし、日本語に触れる家庭の時間をネガティブな環境で過ごしているのであれば、私の大切にしているアプローチはまさに「暖簾(のれん)に腕押し」状態になってしまうのです。

いろんな視点から継承語の学習を見てきました

 私の日本語サポートを受ける子どもたちの年齢は非常に広いです。一番幼い年齢の子だと4歳で、最も年齢が高い子は18歳(IBDP日本語A)になります。その間にも、小学生は各学年の子が所属し、中学生の生徒たちもインターナショナルスクールに通う生徒の日本語サポートをしています。現在、教室のレッスンを利用する子どもたちは30人を超えました。

 生徒の半数以上はオランダ在住の子ども達ですが、中にはインド、インドネシア、イタリア、フィリピン、ニュージランドからオンラインで受講してくれている子たちもいます。さらに、オンライン家庭教師として、日本在住の中高生の授業(数学や社会、人物評価系の大学入試の10名程度)もしています。そのため、私のサポート対象はかなり広範囲に及び、年齢かつ学習内容について日頃から見ていることになります。

子育てをする親としても見てきた継承語

 私は9歳の子どもを育てる親(家庭言語は日本語です)でもあります。教える視点だけではなく、家庭での日本語環境についても常に考え試行錯誤してきた立場でもあります。さらに、公教育に関わっていたところからも、学習の成果だけに目をやるのではなく、子ども自身の発達や心理的に安全であることを感じている状態で学ぶ環境の設定にも興味があり、レッスンをする時にもなるべく子どもたちが自分の考えを発しやすいようにする環境づくりを心がけています。そういった中で、子どもたちの日本語が伸びたもしくは伸びなかった事例をもとに、このような環境であれば子どもの日本語は伸ばせるのではないかという仮説を立ててきました。

 これからお話しする内容は研究レベルには遠く及びませんが、私の4年間で多くの子どもたちと関わってきた中で、こういう環境が理想なのではないかということをまとめ記載していきます。
 この経験が海外で子育てをされていて、日本語について悩んでいる方々の助けになれば何よりです。それでは次回以降、細かい環境設定について書いていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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