見出し画像

ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(第8章)指導方法要因の影響Ⅰ【338】

 ここからは、第8・9章にわたって述べられている「指導方法」がどのように影響するのかについてまとめていきたいと思います。教員の資質や教材が魅力的であっても、教え方に問題があれば、その効果は本来期待されるものよりも下がることになります。学習者、学校、家庭、教員の要員についてこれまで見てきましたが、学習者と教員をつなぐ指導方法にはどのようなものが求められるのでしょうか。


第8章 指導方法要因の影響Ⅰ

 指導方法については、「指導を改善するための形成的な評価」「フィードバック」「分散学習と集中学習」「メタ認知的方略」「自己言語化と自己質問」などの項目が掲げられていました。これは、教師自身も学習者として振り返りを行いながら指導方法を検討することが重要であることを示しています。自分の指導方法が適切かどうかを確認しつつ、学習者が学ぶ目的を明確にしながら必要な課題を提供できることが求められています。

 学習方法そのものに注目すると、「目標」「補助的な質問」「コンセプトマッピング」「学習の階層化」などがあります。学ぶ目的や学び自体を俯瞰する(メタ認知)ことで、今後のあり方や学習を改善することができるような環境を作り出すことができれば、学習の効果は高まると考えられます。そのために、学習内容や教材に注目するよりも、学び方(学習方略)を教える方が効果的であることを理解する必要があります。

 学習方略を教えるということは、指導方法が学習者にとって分かりやすいということが重要です。また、学習者の置かれている状況に合わせて課題の設定ができることや、指導方法を模索する環境が整うことで、学習の効果も高まるとされていました。

 また、指導方法といっても、教師が設定した学習通りに進むことが指導がうまくいくということを示すわけではありません。学習者に合わせた水準や時間の設定ができるかどうか、知識の獲得や浅い理解よりも、高度な学習(概念・深い理解)に時間をかけるなどの判断ができるかどうかが重要です。

指導方法の重要項目

目標

 目標のない状態で学習するというのは、継続が難しい時があります。もちろん、学習者の年齢によっては取り組みそのものを楽しむことが重視されることがありますが、学習者の年齢が上がるにつれて目標の重要性は高まってきます。私たち大人も、ゴール(期日や達成目標)が明確になるからこそ、目の前の学習や仕事に専念できることからも、そのことが理解できます。

 目標は具体的なものである方がよく、ただ頑張るという目標ではなく、学習者にとって適度に難しい目標を設定することでパフォーマンスがかなり高まるとされています。また、「目標は行動を制御し、過去から未来へいかにつながるかを明確にする」ことがわかっており、学習者の動機づけとしての役割があることも分かっています。

 一度決めた学習目標を必ずしも守り通す必要はありません。教師に必要なのは、目標を具体的に学習者と共有すること、学習者の状況のフィードバックを適度に設定するといった学習環境の整備ができることが教師に求められます。また、学習者に合った目標を設定したり話し合う中で、教師からの期待が学習者に伝わり、学習者のモチベーションが高まることにつながります。

「自己ベスト」という意識

 目標には2つあり、課題特定的目標状況特定的目標があると書かれています。課題特定的目標は、具体的にどのレベルの何を達成するのかということです。状況特定的目標とは、目標を達成する理由(学習者自身の成長など)です。

 自己ベストという意識は、2つの目標を組み合わせたような機能をもち、ただ目標を達成するだけでなく、自身の成長も志すようになります。そういった意識をもつことで、「意欲の向上、学校を楽しいと思う気持ち,授業への参加、粘り強さが高い」ことが分かっています。その背景として、周囲との比較や一般的な水準を達成することではなく、「過去の自分と競う」ことにフォーカスすることで、内発的動機による取り組みが促進されます。
 こういった自己ベストを目指す学びの環境は、私自身とても重要だと感じます。

短期的な目標と長期的な目標

 学習目標を考える時に、長期的なものと短期的なものの2つがあります。浅い学習においては短期的な目標を設定し、深い学習に対しては長期的な目標が効果的であるとされています。それに伴って、教材のレベル(簡単すぎず、難しすぎないもの)の選択も目標達成に向けては重要になります。読解学習における未知の単語や、難しいと感じる問題がある一定の割合を超えないように、教師が学習課題を選ぶことで効果が高まるとされていました。どのぐらいの割合なのかについては本書に詳しく書かれておりますので、そちらをご覧ください。

概念地図法(コンセプトマッピング)

 学んだことを図式化することで、私たちが学んでいることを整理することができたり、他に学んだこととつなげることができます。このよに概念化することを学習者に学ばせることによって、学習の効果をより高めることが期待できます。

目標で学習が充実する

 指導方法について考える時に、どのような指導が効果を高めるのかについていろんな視点から述べられていました。目標を学習活動と対応させるのではなく、時には複数を組み合わせたりすることで、学習の効果が高まると考えられています。また、学習過程で教師が意図していないことが起こったりしても、それは自然発生的なものとして捉えることが必要だと言われていました。

 達成目標を設定することのメリットは、闇雲に学習すると不安に感じやすいものが、目標の明確化によって、新しい技能を身につけたり、自分の取り組みを俯瞰して考え評価し、達成感につながるために学習に集中しやすいとされており、これは私も経験上理解できます。そのため、「何のために学ぶのか、今学んでいることは何か」という、学習の動機づけというのは非常に重要だということがわかります。

到達基準

 学習者は、学習目標が明確に特定されていることでより効果が高まるとされています。また、学習者の状況に応じて、細かく診断テストなどをおこないながらフィードバックを通じて、連続的な取り組みの中で行われることも重要だと書かれていました。

フィードバックの重視

 学習を進めるにあたって、フィードバックは学力に最も大きな影響を与えるとしています。その前提として、教師と学習者の関係性があります。学習に前向きであれば、新しい挑戦に対して安心して取り組むことができ、新しい体験を受け入れられるようになります。そうすることで自己の成長を実感し、次の成長に向けたチャレンジをするようになります。

 学校で学ぶ時、学習内容に関するフィードバックを受けられる機会は、1日の中でもかなり少ないという指摘がありました。学ぶ内容がたくさんあって、教師が少しでも進めなければならないと感じている場合、そのようにフィードバックを得られる機会は限られているかもしれません。

外的報酬の影響

 課題を終えた時、シールのような報酬を与えるようなアプローチには効果があるとされているのでしょうか。この書籍では、「外的な報酬と課題実行の成績の間に負の相関」があるとされていました。「物的な報酬」は「内発的動機づけを有意に低め」るとされており、特に興味のある課題については、外的な報酬があるために学習効果が低下すると書かれています。このテーマについては、他の書籍でも取り上げられよく話題になっているので、次の項目に他の書籍に書かれていた情報も含めて記録しておきたいと思います。

報酬を与えると学力はどうなるのか

 私はこのテーマについて学んだとき、中室牧子さんの『学力の経済学』の話を思い出しました。この本では、テストの点数などのアウトプット系のものに報酬を与えるのではなく、本を読むことや宿題のするなどのインプット系(すぐにできたがどうかわかるもの)に与えるほうが効果的だとされており、アウトプット系はむしろマイナスになることがわかっているそうです。

 また、今回読んだこの本には外的報酬は負の影響があるとされていたのですが、おそらくアウトプット系のことを指しているのだと考えると良いと思います。ジョン・ハッティの研究によると、外的報酬は学習者の内発的動機を阻害するという結果が示されていました。

 私たちがこの結果から学ぶことは、外的報酬は必ずしも阻害要因とはならないものの、それに頼りきりにならないように、本人の内発的動機づけにも配慮しながらサポートすることが重要だということです。

フィードバックの役割

 フィードバックが重要であることは、多くの教師が理解していることかもしれません。しかし、その目的や役割について理解していないと、誤ったフィードバックが行われたり、効果を低めてしまうこともあるかもしれません。ここでは、フィードバックとはどのようなものなのかを確認しておきたいと思います。

 フィードバックとは、現時点での学習者の立場と達成目標の差をどのようにして埋めるのかを考えるきっかけであると書かれていました。
 また、フィードバックのレベルについてもいくつかの段階に分けられており、課題が進められているかどうか、課題解決の方法(正しい知識の習得・課題解決や学習過程)、自己モニタリングやメタ認知的過程(学習への自信を高める)、学習者自身がもつ学習の方向性や今後のあり方(学習者自身に向けられるもの)などについて考えるレベルに分けられています。
 フィードバックに至るには、学習者がある程度学習についての意義を感じていたり、自立的に取り組む傾向がある場合に限ります。時には、指導を行って自立的に学べるような土台づくりをすることも必要です。

 ただし、個人を責めるような「人格に踏みこむ」フィードバックになると、学習者はリスクを回避するために挑戦的な課題を避けるようになったり、失敗に対する不安が強くなってしまうために注意が必要だとされています。これは、個人の努力や成長ではなく、成果を褒めることで、失敗が自分の成長に必要なものだと感じることができなくなってしまうので注意が必要です。

テストの頻度と効果

 テストを行うことは学習者にはどのような効果をもたらすのでしょうか。本書では、頻度の高さと学力の伸びには関係性があるが、頻度が高くなりすぎると緩やかに低下すると書かれています。

 また、私が特に興味深いと感じたのは、テストと同じ問題を繰り返し解かせるフィードバックの効果です。浅い理解に対してはあまり効果はなく、高次の理解に関するものは少し効果があるとされていたところです。

テストの結果と学校への予算配分

 アメリカにおける全州規模で実施されるハイステイクス・テストが、その結果で学校への予算の配分が決定する政策が読解と数学の学力に与える効果はある程度認められています(高校ではあまり効果はない)。
 しかし、学力は向上するものの、本質的な学びよりもテストのための学習が促進されてしまうことや、成績が振るわないものは除外されてしまうという見解が述べられています。そうであるならば、学力の効果以外の大切なものが失われているということも考えておかなければいけません。

教師自身にもフィードバックの機会を

 教師は、カリキュラムや指導方法、内容改善のための形成的評価を得ようとすることで、より優れた授業づくりができるとされています。

 自身の行いについて振り返ることができ、効果を高めるための熱意をもつことができれば、より授業の質は高まるとされており、そういった環境は元教員の私としても魅力的だと感じます。

教師と学習者

学習者への高次の質問が行われているか

 教師からの質問がうまく機能すれば、学習者の学びはステップアップしていきます。学習者が説明するために考えをまとめたり、まだ見えていない部分に注目することができれば、学習を促進する効果があると書かれています。
 質問は、低次のもの(知識の反復や記憶にとどまる)と、高次のもの(少し広い範囲)に分けられます。低次のものはあまり学習は促進されないので、学習者の状況を見ながら、高次の深い質問を導入しなければなりません。そのため、授業の中で質問が行われているかどうかを確認し、知識の伝達ばかりになっていることに気づくことができれば、学習者の学びが深めることができます。

学習者との距離感

 教師に自分の取り組みを認めてもらっていると感じる学習者は、より熱心に集中して学習課題に取り組むことが研究でわかっているそうです。ここでの「集中して取り組む」ことについての効果は、他の要素よりも大きいとされています。

学習者の立場

学習時間

 生徒が授業の間、学習に集中している時間はどれぐらいあるのでしょうか。私が学生であった時の記憶を遡ってみると、ほとんどの間は集中できていなかったように思います。このことを調査した結果、講義を聞いたり受け身になる程集中力は低下し、学年が上がるとより低下するとされています。

 なぜか大人は、自分ができなかったことを子どもに求める傾向があり、ずっと集中していることを求めたりします。なるべく集中していられる環境を作ることは大切ですが、自分たちができなかったことをあたかもそれが当たり前であるように伝えることはやめた方が良いと感じました。

 また、「時間を増やすことよりも、能力を伸ばすための時間を増やさない限り学力の向上は見られない」とも書かれており、授業時数や勉強時間を増やすことばかりに目がいってしまい、それを満たすことが目的化される時があると思います。この認識をもう一度捉え直す必要があるのではないでしょうか。

プレシジョン・ティーチング

 「学習内容を細分化し習得を確認しながら学習を進めるとともに、自身の伸びもわかるようにしながら進める指導法」は効果が高いとされており、単純なドリル学習よりも、学習者自身が学習過程そのものに主体的に関わる姿勢をもつことが重要なようです。

ピア・チュータリング

 この学習法は、学習者が教える立場になって自分自身や他者に指導することで、この学習法の効果は高いとされています。これは教師の代わりでおこなうものではなく、教師の指導の元で教えるという立場で学びます。

 さらにこの研究では、年齢が異なるグループでおこなう方がより効果が高いとされており、これは現実の文脈に近いことが背景にあるのではないかと考えられます。つまり、自分よりも年齢の低い子たちに教える場合、相手はこれから学ぶ内容になっていて、それをどうやったら分かりやすく教えられるかに集中できるのではないでしょうか。また、そういった学習過程の管理を学習者が行うことで、より効果が高まるとも書かれています。これは、おそらくその見方が自分の学習にも反映されるからではないかと思います。

メタ認知

 メタ認知とは、自分の思考を俯瞰して考えることです。本書では、「自分の思考について考える思考」と書かれています。これは、学習課題に対する計画を立て、進行状況を評価し、自分の理解度を確かめながら、自身を馬kく適応させることを示しています。

 ただ目の前の課題に取り組むだけの学習者と、それを俯瞰して捉えることができるかどうかは大きく成果が異なります。また、メタ認知ができることで個別で取り組んできた学習をつなげることもでき、より理解度が深まっていきます。

効果のある学習方略

 学習方法について効果のあるものと低いものに分けられていたので、特徴的な部分だけをまとめておきたいと思います。

 効果の高い学習法として、要約や言い換えといった「再構成」とされており、学習課題に主体的になるようなものは効果が高いと考えることができます。その反対に、記録や時間管理といった受動的な性質の内容はあまり効果がないとされているようです。メタ認知的な学びができるように、質問などを使って促すことができれば、学習者の学習効果も高まっていくと考えることができます。

 さらに、学習を取り巻く状況の重要性も著者の研究によって明らかにされています。

・学習領域の文脈の中で行うこと
・目標となる学習内容と同じ領域での課題をスキルの指導に用いること
・生徒の能動性とメタ認知的自覚を高めること

著者ジョン・ハッティの研究より

 以上のように、学習動機が明確な状態で、現実世界とのつながりを感じつつ、学習方法にも着目することが重要だということが分かります。そのためには、学習者本人の自己効力感が支えとなり、達成動機があることで取り組むモチベーションが維持され、そこに学習方法について教わる機会があることが理想的だと言えます。

 最後に、学習者が楽しんでいるかどうかの重要性にも触れられていました。環境よりも楽しめているかどうかが影響するとされていました。確かに、どれだけ設備が整っていても学習者が楽しいと感じることができていない状態よりも、設備はいまいちでも学習者が楽しめていれば学習効果が高くなることはすぐに理解できることだと思います。また、おやつや背筋を伸ばすことで学習の効果が高まることは懐疑的だと書かれていました。おそらく、外発的動機づけや形だけにこだわった学びには楽しいという要素からかけ離れるからそう考えることができると結論づけられるのだと思います。

個別指導の効果を再考する

 個別指導は、それぞれの学習者に合わせた指導ができるため効果が高いとされていますが、実際に研究をした結果では効果はそこまで高くないという結論が出ているそうです。

 個別指導にこだわるよりも、個別指導も活かしつつ、それよりも重要になる学習者同士の関わりを設ける方が重要です。確かに、自分に合った指導法や学び方は魅力的ですが、一緒に学習する仲間がいる方が前向きに学習できると思います。

まとめ

優れた指導を目指して

 「優れた指導」について本書に書かれていたことをまとめると、指導者が学習者の立場に立つことができ、目標や到達基準を学習者が理解できるように明確にしつつ、多様な方法を適宜切り替えながら、学習者に合ったレベルや方法を選択できること、そして学習方法も学習者が学びながら進めることができるとより効果が高まると書かれていました。

 優れた指導を実践するための教師の役割とは、指導方法を適切に選択し、学習者の現在地と目標の差を埋めるための適切なフィードバックを行うこととされています。そういったフィードバックによって、達成感を味わいつつ粘り強さをもって学ぶことで学習効果は高くなっていきます。
 また、課題は挑戦しがいのあるものが良く、ある程度の難易度のものにチャレンジするために必要なものが学習の土台となっているのです。ここでいう学習の土台とは、難しいことにチャレンジするモチベーション、明確な到達基準、適切なフィードバックが与えられる環境とされており、それが学習の効果を高めると期待できます。私たちに必要なのは、そのような環境をどのように整えるのかを考え実践していくこと、そしてその環境を管理職者や学校全体で整えていくことだということが理解できました。

間違いを前向きに捉える

 学習における間違いをどのように捉えるのかは非常に重要なポイントです。間違いに対して「自分は頭が悪い」と捉えるか、「また一つ賢くなった」と捉えるかどうかは、その後の学習者の挑戦や成長の機会を奪うことになります。
 そういったマイナスの要因が働かないようにするために、難易度が高すぎる目標設定を避けることが必要だと書かれていました。難易度が高すぎるものに挑戦させると、本人の意欲を低下させる恐れがあり、適度な難易度で間違いを少しずつ自分の成長の糧としていくのが理想的だと考えられています。

 また、これはこれまでの章にも書かれていたことですが、学習するための環境設定も不可欠です。それは、目標や到達基準、間違いが歓迎される学級風土です。いわゆる「心理的安全性」が確保された上で学ぶことができれば、学習者はより高い効果を得ることができます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?