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SMよ、人生をひっくり返してくれ㉒ それじゃ悪いSになっちゃう(前編)

虐待の経験から「人への怒り方」を見失ったオトナが、SMというシステムの中で「怒りのぶつけ方」を探すという試み。
前回のレポートから、だいぶ時間が経ってしまった。

なんでそうなったのか、現時点では自分でもはっきりとはわかっていない。考えるのが怖かったのかもしれない。だからここで書きながら見つけたい。

店長貸し切り、ガチンコ6時間「お悩み相談」

キッカケは、昨年夏に行った広島のSMクラブ「Z(仮名)」だ。SM歴の長い店長を貸し切れる「お悩み相談」コースを予約し、昼の1時ごろにそこへ行った。たしか5時間5000円ぐらいだった。SMクラブって、緊縛練習会とかいろんなサービスがあるんですね。

この日いちばん聞きたかったのは「私は怒りの練習をするために、今後どんなSMをしていけばよいのか」ということだ。

事前にメールでやりとりした際に、私の闇が深いと見た店長が「料金そのままでいいから1時間プラスしましょう」と言ってくれて、じっくりカウンセリングをしていただけることになった。「これをやればいい」というアドバイスよりは、「一緒に見つけましょう」というスタンスとのこと。

心理学や恋愛学、生物学などを応用したメソッドがあるとホームページには書いてあった。きっと幅広い知見からアドバイスがもらえるに違いない。

持ち込みOKとのことだったので、ノンアルコールビールをいろいろ買い込んで店に向かう。車移動だったのだが、気分だけでも酔ってリラックスしたかった。夜の享楽がゴミとなって日中の繁華街に転がり、発泡スチロールの皿をカラスがつついていた。そんな雑居ビルの4階に「Z」はあった。

こういう雰囲気なのか

SMの手練れが構える店、きっと趣のあるところに違いない。
ドキドキする心臓を抑えながら扉を開けると――

真っ黒な部屋に、シャンデリアが!
奥のディスプレイには、CGっぽい暖炉で炎がメラメラ燃えている!
天井からは、アンティークっぽい鳥かごがぶら下がっている!
BGMには、クラシックっぽい荘厳な何か!

そして現れたのは、黒づくめでゴツめのシルバーアクセサリーを身にまとった店長!!

私の頭には、かつて一世を風靡したヴィジュアル系ロックバンド「マリス・ミゼル」が浮かんでいた。いや、私が知らないだけで本当はもっと別の世界観なのだろう。マリス店長は男性でS性とのことだった。マイクは持っていなかった。一見落ち着いた飲食店経営者、という印象。

「好きなところに座ってくださいね」と促されるまま、私は真っ赤なカウンターの端っこに座った。お店にもノンアルビールはあるとのことだったので、それをいただく。
乾杯もそこそこに「じゃあ、お話聞きましょうか?」と口火を切るマリス店長だったが、私は相手の人となりをざっくりでも把握してから、その人にチューニングして話をしたい。
「まずは店長がどんな方か、なんでもいいので教えてもらえたらうれしいです」
そんなところからセッションはスタートしたのだった。

マリス店長のSMの芽生えは、小学生のころだったらしい。詳細は省くが、仲良しの女の子と遊んだ帰り、毎日バイバイの前に恒例の儀式のようなものがあったそうだ。イメージとしてはハイタッチ等に近いものだが、正直すごく痛そうだ。マリス少年はその痛いことを「する側」で、儀式ができなかった日には「1回損した」と思ったらしい。

もちろんSMなんて言葉は知らない。二人にとってそれは、日常の普通の風景だった。私と違って、マリス店長は本物のSだった。

そこから思春期に、普通のアダルト雑誌では興奮しないことに疑問を持ったそうだ。自分の満足できる場所が「SM」という世界にあると気付いたのは、「マニア倶楽部」という雑誌だった。この雑誌は現在も発行されていて、通販サイトでは、「美しい緊縛グラビアとSM体験告白ページ、各種情報コーナー等、SMファンに向けた誌面構成で贈る総合SM誌」と紹介されている。

・・・と、ここまででざっと90分ほどが経過していた。正直、疲れてきた。

マリス店長は乗りに乗ってしまったのだ。自分語りが止まらなかった。私が調子よく質問や合いの手を入れたのがいけなかったのだろう。たぶんライターの職業病だと思う。

私は半ば強引に「ところで、そんな店長に相談したいのが――」と、悩みを切り出した。
冒頭で話したような内容をふむふむと聞いていた店長。しかし彼のエンジンはすでにフル回転、ギア5速ぐらいに入っている。しゃべりたくて、口が、身体が、むずむずしているのがわかる。

「どんなSMをすればいいのか、ですよね。うーん。たぶんその前に吉野さんは、SMがどんな世界かを学んだほうがいいですね」

そうみたいですねぇと曖昧な返事をすると、マリス店長は目を見開き、声を張り上げた。

「じゃあ、授業をしようか!」

脇からごろごろごろーーと現れたのは、大きなホワイトボード。会議とかで使うでっかいヤツだ。そう、さっきからカウンターの中にあったの気になってたんですよ。ここで使うのか・・・。

マリスミゼルの部屋に、中田敦彦のYouTube大学が出現した。

(続く)

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!