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「現役市長」の仕事部屋には、トロフィーと革張りのソファがあるのか? 確かめに行ってみた

自分がフリーランスということもあって、人の仕事部屋を見るのは好きだ。

本棚やデスク周りって、人柄や仕事への向き合い方が出たりするからだ。特に普段「縁が遠い」と思っているような職種の方であれば、未知の世界をのぞくようでなおさら興奮する。

そんなある日。ひょんなことから、現役市長の仕事部屋を見せていただくことになった。

きっかけは、先月5月21日に行われた愛媛県今治市のシンポジウム。
今治市といえば、今治タオルや造船で知られているが、私はここに移住したライターという立場でパネルディスカッションに登壇したのだ。

https://www.ehime-np.co.jp/article/news202305210067

私はその後の懇親会にて、日本酒でベロベロに酔っぱらった。その上、今治市長に向かって「仕事部屋ってどうなってるんですか? やっぱりトロフィーとかあるんすか~」とか「市長のキーボードタッチを録音したいっすねー、にゃはは」などと軽薄な発言を繰り返していたのだ。

事実、この日をきっかけに今治市長・徳永繁樹という人に興味を持ったとはいえ、酒のチカラは怖い。

そしたら・・・

なんと後日、市の職員さんを通じて「ぜひ遊びに来てください」と、本当に市長室に呼んでいただいたのだ。想像以上に市長の懐は深かった。

ひょえー、どうなることやら。

状況が呑み込めないまま、市長が登場

6月2日の午後。まず、今治市の名物が展示されたショールームのような応接室に通される。それらをあれこれ眺めていると、ぞろぞろとカメラを構えた職員さんやら秘書のような方やら何人もいらして「え、これから何が始まるの?」状態。

静かに市長の机にお邪魔して、ちょっと立ち話だけして帰るイメージだったのだが――、なんだかすごく大がかりだぞ。

よくわからないままに「あ~どうもどうも!」と徳永市長が現れて、私がいろいろ素朴な質問をする、公開談話かインタビューのような流れになった。ここには表敬訪問や何かの表彰などで、市民や客人が訪れて話をしていくらしい。

左が徳永市長、スマートで足が長い。私はこの手のふかふかソファの座り方に慣れておらず、終始もじもじしていた(撮影:今治市職員さん)

この日、私が一番知りたかったのは、自分の住んでいる町を切り盛りしてくれている市長「徳永さん」はいったいどんな人のなのかということだ。

なぜかというと、私が今一緒に本をつくっている元政治家さんが、「市や町の首長をするのは、国会議員より楽しい。みんなもっとやればいいのに」と言っていたのを思い出したからだ。

国や県だと大所帯だから、自分一人で決められることは少ない。でも、市町で「一国一城の主」になれば、職員の人事権や生活に密着したこと(例えば水道料金なども)も決められるすごい権限を持てるということだった。
つまりは、自分の理想としているまちづくりを実現しやすいということなのだろう。

さて、徳永市長は、どうして政治家になろうと思ったのか?
徳永市長は、若いころ一度地元を出て大阪の大企業に就職し、社会の理不尽さを体感したそうだ。そこから地元に戻り、お父様の事業である土木建設会社に勤める。商工会の青年部で「まちづくり」を意識するようになって、周りの人から「政治家になれば?」と言われるようになり、今に至るとのことだった。
住民が町の魅力に触れて喜んでいるのを見るのが、一番うれしいのだそうだ。

「僕はね、よく父から『お前は冷たい人間やなー』って言われるんですよ」
と、冗談めかして言う市長。
そ、そうなの? でも冷たいという言葉の中には、「理性的」とか「優先度の低いものを断ち切れる」など様々な意味があるだろう。それを尋ねると
「切るときに切れる、というのはあると思いますね」
と真面目な顔になる。

応接室の壁には、航空写真のような今治の大きな地図が飾られていた。
徳永市長は、毎日それを眺めて「これから何を実行していくのか」を考えるという。

Googleマップより引用

今治市は、パッと見、陸地と島が半々にわかれているように見える。
この陸と島を結ぶ命綱が「しまなみ海道」だ。この道の通行料が高くて、市内の移動で往復最大3000円近くかかる。
いろいろな議員さんが立候補するときに、よく公約としてこの通行料の負担減が挙げられるけど、残念ながら目に見える結果にはなっていない。

地図を眺めながら徳永市長は、
「吉野さん、僕はしまなみ海道の通行料も補助してあげたい。それについては1日も忘れたことがないんよ」
と言う。

私が島に住んでいるので、気を遣ってくれているのかもしれない。でも、私はそのとき途方もない気持ちになった。

きっと「1日も忘れられないことは」は、他にも無数にあるだろう。人口が減っていくことやインフラ整備とか――ぜんぶが「早くして!」って言ってきたら、私ならパニックになって泣く。市の地図を見るのも嫌になって、毎日お腹を下すと思う。

いや、市長ともなる人は政治のプロ中のプロなので、私と比べるのはお門違いだろう。でも、こんなたくさんの問題を一人の人間、もしくは一部の機関だけでどうにかできるわけでもなく、やっぱりみんなで考えないとダメなんだろうなぁとしみじみ思った。
とは言え、日常に流されてそれがなかなか実行できないから、工夫が必要なんだろうけど。

いやはや、まちづくりをする側の視点に少し立たせていただいたような気がしました。

この景色で仕事をしているのか

さて、お待ちかねの仕事部屋だ。
普段、職員さんは市長に何か相談するとき、この部屋に来るらしい。
でも「見学」することはそうそうないとかで、同席していたみなさんも興味深そうだった。

やっぱり会社とか行政のトップの部屋には、「革張りの高級ソファとローテーブル」があるイメージだったのだが、それはなく、代わりにバリバリの会議テーブルセットが!

「会議は会議室で起きているんじゃない、市長室で起きているんだ!」と言いたくなったが我慢した

前市長のときまではソファセットがあったそうなのだが、「こっちのほうが資料も広げられるし腰も痛くならないし実用的だから」とのこと。

あと、壁際にはトロフィーも瓶に入った帆船模型もなくて、「市長になったときに色々な人が寄せてくれた」という激励の書はたくさん飾ってあった。

書を眺める(撮影:今治市職員さん)

坂村真民が93歳で書いてくれたという底知れぬ力強さの詩や、市長の繁樹という名にちなんで「蔭涼」(大きな木陰の下でみんなを涼ませるという意味の、たしか禅宗の言葉)としたためられた書とか。

愛媛ゆかりの仏教詩人、坂村真民から送られた激励の書

仕事机の正面に並んでいたので、これ見て気合入れるんだろうなぁ。

さすがにお仕事机を公開するのは気が引けたので、写真の背景でご覧ください(笑)ちゃんと「未決」「決済」「審議中」みたいな書類を振り分ける箱もあって、長年政治をされてきた年輪を感じた。

お子さんが昔描いてくれたというご自身の絵を見せてくれた。あと、仕事机(写真右)にあった、コンタクトレンズを変えるときに使うという手鏡は、寄木細工のようでオシャレだった(撮影:今治市職員さん)

さすがは海事都市・今治。姉妹都市パナマのお土産もあった。民族衣装のポジェラも、手が込んでいてしばらく眺めてしまった。たしかパナマ市長さんがくれたと仰っていたような……。

ちなみに後ろに酒瓶が写っているが、執務中にお酒を飲んでいるわけではないので、ご安心を。左にあるのは、私が住む大三島にある「大三島みんなのワイナリー」のボトルだ。海底に沈めておくと、美味しくなるらしい。

***

そんなわけで、あっという間に見学は終わった。

仕事部屋を見るということは、その人の日々の思考をたどることにもなる。徳永市長の仕事部屋からは、ぐいぐいエンジンをかけてスクリューを回していきたい船のようなエネルギーを感じた。
きれいな言葉でまとめれば、実行力とか推進力というのかもしれないけど、現場で感じたのは、もっと土臭くて人間味のある感情の蓄積だった。

とか、偉そうなことを言いましたが、純粋に仕事部屋探訪は面白かったです。
そして、せっかく大切な税金を使って時間を割いていただいたのだから、私一人の思い出にするにはもったいない! ということで、この記事でシェアすることにしました。

「開かれた市長室」とはいえ、一市民のために1時間弱もありがとうございました!

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!