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十字架に雨が降る。

                                   (2)

暗くて深い闇の中に私はいた。

何も見えないし聞こえない。

ここはどこだろう。

いつもなら隣に居てくれるエトワールの姿もない。

ここは真っ暗で寂しいよ、エトワール。

―――――――――――――――――――――――

「…。」

目を覚ますと、男の子が木製の椅子に座って本を読んでいた。

「やっと起きた。」

彼はそう言って私の方に顔を向ける。黒い髪と澄んだ青空のような瞳を持ったこの男の子の事を、私は少しだって知らなかった。

「誰…?」
「リアム。」
「ここはどこ?」
「教会。今あんたがいるのはその敷地内にあるルオーゴ孤児院。」

孤児院。教会。

エトワールと外に出て、それから沢山歩いたことだけは覚えているけれどそれ以外は靄がかかったように思い出せない。

「アリアが連れてきたんだ、あんたらの事。」

また知らない人。

そうだ、そんなことよりもエトワールはどこにいるんだろう?この部屋にはリアムと名乗る少年と私しか見当たらない。

「もう1人はここにはいないよ。別の部屋にいる。」

どうして?なんで一緒に連れて来たのに私達をバラバラにしたの?
その瞬間、自分でも抑えられないほどの強く黒い感情に襲われるのを感じた。

「どこ?ねぇ、エトのこと返して。」
「取ったわけじゃない、休ませてるだけだ。」
「いいから返して!!!」

ベッドの近くにあった棚の上の物を手当り次第投げつける。リアムは冷静にそれらを避けながら掴みかかろうとした私を止める。

「落ち着けよ、隣の部屋で寝てるだけだ。あんたもそうだけど連れの奴だって酷い怪我を負ってる。傷が開いたら困るから一旦寝ろ。もう少し治ってからじゃなきゃ会わせるわけにはいかない。」

息の上がった私の肩をがっしりと掴んで彼はそう言った。暴れたせいか身体中が痛い。怪我をしてるっていうのは本当らしかった。

ガチャリとドアが開く。
そこには修道服を着た女性が立っていた。

「あら?お部屋が大変なことになってるわねぇ。」
間延びした声で彼女はそう言って花瓶の破片を拾う。

「アリア…」
「リアム、ダメじゃない。女の子には優しくしないと。」
「俺じゃないよ。」
「そうなの、なら彼女が…?」
「あぁ。」
「あらあらぁ…!」

アリアという女性はすっと私の方に寄って来たかと思うと、包み込むように手を取る。

「怪我が酷かったから心配していたけれど、もう大丈夫なのかしら?」
「…。」
「あら??リアム、この子…」
「話は出来るよ。アリアの事警戒してるんじゃない?」
「怖くないわよぉ、失礼しゃうわ。あ、ご挨拶が遅れてしまってごめんなさいね。私はアリア。貴女は?」
「…言わない。」

こんな得体の知れない人達に教えたくない。顔を背けて口を固く閉じた。

「貴女のことをずっとこう呼ぶのは不便だわ。それに、私は貴女にちゃんと名乗ったわよ?」

しつこい…。
このまま答えずにいても彼女はここを離れないかもしれない。それなら私が折れるしかない。

「…リズ。」
「良い名前ね!教えてくれてありがとう、リズ。」
「…。」
「彼に会いたい?」
黙って頷く。
「分かったわ、会わせてあげる。」
「おい、アリア!」

リアムが焦ったように椅子から立ち上がる。

「いいのよ、私が付いてるし。あの人はちょっと真面目すぎるの。」
そう言って、また私の手を握った。

「リズの大事なんだもの、生きてるかどうかくらい見たいわよね?」
「うん、お話できなくてもいいから会いたい。」

ちゃんと彼の体温を感じて、顔を見て安心したかった。どうしようもないこの不安を早く消してしまいたい。そう強く思った。

「それじゃあ、行きましょっ」

アリアは手を引いて私を部屋から連れ出した。


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