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アメジストの魚1-3



懐かしい夢を見た。

「この歌好きなんだ。」 と彼女はイヤホンの片方を僕の右耳に挿した。聴こえてきたのは当時流行っていた曲で、曲名は何だったろう…、思い出せない。


「…さっきは、その、ありがとう。」
曲が終わったタイミングでやっとの思いで感謝の言葉の声を出す。

「いいよいいよ、それにしても間一髪だったね。あと少しで轢かれちゃってたよ?」
彼女はそう言ってクスッと笑う。さっきの切羽詰まった表情は無くなっていて少しほっとした。

「本当にあれは驚いたよ。」

「なんで他人事みたいなの?大事になりかけてたの君なんだけど…?」

「はは、ごめんごめん。生きててまさかこんな事があるなんて未だに実感わかなくて。」

その日の僕は徹夜続きで、意識がぼやけていてうっかり赤信号のまま横断歩道を渡ろうとしてしまった。それをギリギリのところで彼女が助けてくれた。あの時腕を引っ張ってもらえなかったらきっと死んでいたんだと思う。それから彼女が僕の日常に馴染むのに時間はそうかからなかった。


そんな懐かしくて他愛のない夢の終わり、あの頃と変わらない優しい目で微笑みながら僕の手を引く君がいた。

この温かい夢が覚めなければいいのに、それだけで救われるのに。なんで君はもうここには居ないんだろう。

夢を手放す瞬間、彼女が何か言った気がしたけれど何も聞き取れなかった。