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眼科に行ったお話

先週眼科で、ものもらいを切除してきた。

正確には、ものもらいではない。20年前の手術痕だ。


高校生のときに、ものもらいができた。ものもらいとは、眼のまぶたにできる腫瘍である。めばちこ、と呼ぶ人も多い。

場所によっては、眼球と接して、眼に異物感を感じることがある。それを、「眼がゴロゴロする」と表現したりする。


高校生のときに、ものもらいができたので、町のクリニックで切除してもらった。

もちろん部分麻酔はするのだけれど、施術をしている感覚は若干あった気がする。痛くはないが、何かが行われている感覚。

さらに、患部が眼なので、施術の様子が見える。見えている光景は一部分であるし、ぼやけているけれども、何かが行われていることだけは見えてしまう。見ないわけにはいかない。

眼の手術だけは二度と嫌だと思ったのは覚えている。


術後、抜糸をしたのだが、その痕跡が残った。まあまあちゃんと残った。

少なくとも、その後の人生で、「ものもらいできてる?」と何度も聞かれるくらいには、ちゃんと残った。


それから20年。たまに眼がゴロゴロすることもあった。

理由もわからなかったが、時間が経てば症状がなくなったので、特に医者には行かなかった。というより、眼がゴロゴロするくらいで医者に行く必要はない、という判断をしていた。

あまり症状が続くときには、抗菌目薬を用いたら治ったことがあった。それからは、それがエビデンスとなった。ゴロゴロしたときには、抗菌目薬を用いるようになった。


昨年9月。実に20年ぶりに眼科に行った。眼がゴロゴロするくらいだったが、眼がゴロゴロするくらいでも眼科に行った方がいい、という判断をした。年をとるということは、そういう判断ができるようになるということだ。


通院してわかったことは、原因が逆(さか)まつげだということだった。あれほどゴロゴロしていたのが、極小の逆まつげを取ってもらったら、全く違和感がなくなった。一瞬の早業だった。腕のいい先生だと思った。

そのときに、20年前の手術痕についても聞かれた。それはそうである。肉眼でもわかるその痕跡を、専門医が確認しないわけはない。

「20年前の手術痕なんです」と説明したら、腑に落ちない顔をしていた。特段大きくなったり、それが原因の痛みを感じたことは、おそらくないと思っている。つまりは、医療ミスとまではいかないものの、一般的にはこういった痕跡は残らないんだろうな、と改めて思った。


その場では、「もし大きくなっていくようだったら、手術した方がいいですね」とは言われたが、結果としては、様子を見ましょう、ということだった。

とにかく眼の手術は避けたかった僕は、その提案にほっとした。


そして、それから8か月後。ふたたび「ゴロゴロ」が始まった。

どうなるかな、と思っていたが、数日症状が続いたので、久しぶりに眼科に行くことにした。無職の気軽さがあったのは大きい。

週末をはさんで、週明けに通院を予約した。


ところが、月曜には症状はなくなってしまった。

それでも、せっかくだから通院することにした。症状がなくても通院できるのは、大人のなせる業である。


通院して言われたのは、例の手術痕を手術したほうがいいという助言だった。

ゴロゴロはしていない。それでも、せっかくだから手術したほうがいいと思った。無職のなせる業である。何物にもとらわれないからこそ、即断できた。


その二日後には手術を行った。

実に20年ぶりの手術だったが、医者への信頼があった。あの、逆まつげを一瞬のうちに、ほぼ痛みもなく取り去った腕を信頼できた。丁寧な説明や、院内の空気、スタッフの応対にも好感が持てた。手術へのハードルには、そのへんの影響が大きい。


手術時間は20分ほどだった。

点眼麻酔、注射麻酔とてきぱきと手術は進んだ。

注射麻酔のあたりで、ものすごく抵抗した。そもそも痛みが苦手な自分。そして、眼の手術はやっぱり怖い。身体が拒否していた。眼がなかなか開いてくれなかった。

ただ、一度麻酔が効いてしまえば、ほとんど不快感なく手術は進んだ。さすが、腕のいい先生である。ほとんど負荷を感じないで、手術を終えることができた。


止血のためにも、術後数時間は眼帯をつける必要があった。痛みはまだない。

経験豊かな大人は、術後にもらった痛み止めをすぐに飲む。麻酔が切れ、痛みが出てから飲むのではない。術後の麻酔が続いているうちに、痛み止めを飲む。これが、賢い大人の知恵だ。


数時間後に眼帯を取ると、施術部分はとてもきれいで、ほとんど痕跡は残っていなかった。むしろ、あるべき姿に戻ったようだった。これまでが異常な状態だったのだと思った。


それから一週間が経つ。完治まで二週間くらいと言われているので、まだ気を付ける必要はあるが、ここまでほとんど痛みも違和感も感じることなく過ごすことができた。

軟膏で眼がべたついたり、目やにが出たりしたこともあった。ちょっとゴロゴロすることもある。それでも、痛みや違和感がほとんどないのはありがたかった。

自分の外見にも少なからず影響を与えているはずだが、あっというまになじんだ。それはそうである。本来あるべき顔に戻ったのだ。

それもこれも、まずは無職という気軽さ。そして、信頼できるクリニックとのご縁。その両者のなせた業である。得難いことである。



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