おじいちゃんの声援

  実家がある狭い町の中で、祖父は名の知れた「先生」だった。祖父は誰からも「○○先生」と呼ばれていたし、殆どの学校の先生はわたしの祖父を知っていて、名字をみてよく「○○先生のお孫さん?」と訊かれていた。
祖父は主に中学で国語の教師をしており、小学校では校長も勤めていたらしい。もちろんわたしが生まれる前の話なのでにわかには信じがたかったのだが、掃除で校長室担当になった時、壁に飾られた歴代の校長先生の写真の中ににこやかに微笑む祖父を見つけた時は「ほんとだったんだ……」と驚いた。
さらに幼稚園ではわたしが在園中に園長もしていた。
名実ともに先生なのである。
お友達から、おじいちゃんが園長先生でいいな!と言われたりするのは日常茶飯事だった。自慢の祖父だった。
ただ、孫だからと言って特別扱いされることは当たり前だがなかった。祖父は誰にでも等しかったし、厳しかった。

しかし2年の在園中、ほんとうに1度だけ、祖父が園長先生ではなく「わたしのおじいちゃん」になった瞬間があった。
それは忘れもしない、運動会の日。
わたしはかけっこの順番をドキドキしながら待っていた。祖父は来賓席に座って、にこにこと園児たちの様子を見ている。
朝、わたしは祖父と約束していた。
「かけっこいちばんになるからみててね!」
ピーッと笛がなって、わたしは駆け出した。すると、

「よしこーー!!がんばれーー!!」

祖父の大きな声がグラウンド中に響き渡った。
わたしはそのあまりの大きさにびっくりして祖父を見た。
祖父は、隣で実況をしていた先生のマイクを取り上げて、わたしの名前を呼んでいた。

「よしこーー!!がんばれーー!!いけーーー!!」

どっと会場が沸く中、わたしは一生懸命走ってゴールした。1番だったか2番だったか、それともビリだったかは実は覚えていない。祖父の方を振り返ると、まだマイクを握りしめていた。

「よくがんばったぞーー!!」

そう言って笑っていた祖父のうれしそうな顔。
父でもなく母でもなく、おじいちゃんのあの笑顔が、わたしの金メダルだった。

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