バレエ小説❤️グランジュッテ その7

 自分では「もっと踊れると思ったのに… 」そう思ったら悔し涙が溢れてきた。バリエーションのビデオを撮りに来てくれているママにハンカチをもらって涙を拭ったけれど、ママは何も言わなかった。
 他の生徒達が代わる代わるに先生に注意を受けている間、凜はひたすら飛び続けた。もっと高く、もっと遠くへ!凜のイメージの中にいるオリガ・オシポワはまだまだ遥か頭上にいて跳んでも跳んでも凜の指の先すら届かないところにいた。
「腸腰筋出てこい~!!」凜はそう心の中で願掛けしながら飛ぶ練習を繰り返した。
レッスン後、着替えをしていると、先生とママが話していた。
「まずは、7 月のコンクールでこれを踊って、8 月の全日本グランプリで上位入賞を目標にしたいと思っています。」
と、先生が言った。
「はい。よろしくお願いします」ママの声が聞こえた。
そして、続けて先生が
「ちょっと今日の感じじゃ、いろんな意味でまだまだですけど、凜ちゃんなら頑張ってくれると思うので。私からも本人に言っておきます。」
と言っている声が聞こえてきた。
「7 月!」
 小さな声だったけれど、思わず凜は叫んでいた。周りのみんなも何?という表情でこっちを見ている。
「7 月のコンクールでスワニルダを踊って、8 月は全日本グランプリだって!どうしよう!
間に合わないよー!」
 凜が半鳴き声でそういうと、
「凜ちゃんなら大丈夫だよ。うちだったら無理だけど… 」
 と、隣にいた中学1 年生の瑠璃が言った。瑠璃は凜と1 学年違い。背が高くて脚も長く、10 頭身のようなスタイルの持ち主だ。だけど、見た目とは裏腹に瑠璃の周辺はいつも散らかっていて先生に怒られてばかりいたし、片付けが苦手でいつも最後まで取り残されていたから、割と準備が早い凜が身の回りの手伝いをすることがよくある。この前のレッスン後も、瑠璃が帰った後に彼女のトウシューズ入れがポツンと置かれていたのを他の中学生が発見して先生に届けていた。
 そして、何より先生にしょっちゅう怒られる最大の理由は、バリエーションを踊りだすと必ずと言っていいほど派手に転ぶし、上げた足で勢い余って鏡を蹴る。先生には「いい加減に自分の脚の長さを知って、距離感を掴め!」と言われているけれど、一向に治る気配がない。それで、最近はついに先生に、
「鏡割ったら弁償だから~!」
と毎回のように怒鳴られている。当の本人は毎回のように
「何で蹴っちゃうんだろう。」
とか、
「何で転んじゃうんだろう。」
と、レッスン後の着替えの時間になると本気で落ち込んでいる。
凜は、そんな瑠璃を励ますように、
「瑠璃、最近上手になったよ!ピルエット4 回転回れるようになったし、私より高く跳べるじゃん!」
と極めて明るい声で励ました。
「うん、でも先生には内またで雑すぎて汚いからそんなの見たくないって言われるよ。ハムストリングが全く使えてない!って。」
と泣きそうな声で言うから凜も
「でも、うちなんて3 回転回れないもん。ジャンプも跳べないし。」
と、本当に思っていることを伝えた。負けず嫌いの凜は、不思議なことに瑠璃と一緒の時は自分の弱みをはっきり口にして言える。彼女と話していると、素直になれる。それが、瑠璃のすごいところだと思った。
「そんなことないと思うけど… 凜ちゃんはいろいろできるから… でもさ、とにかく頑張らないとだよね!今度の日曜日一緒に自習しようよ!」
「良いね!とにかくやらないと、予選も通過できないし!私、やる気十分!!!」
 瑠璃はボーっとしている時が多い割に、練習熱心でクラスレッスンが終わった土曜日の午後から、日曜日は丸ごと自主練に充てている。妹の瑠衣と良いライバルで、しょっちゅう喧嘩している。お互い良いところがあるのに、先生がそれを指摘すると、絶対にお互いの良さを認めようとはしなかった。姉妹のいない凜はそんな二人の言い争いがちょっと羨ましかった。
 ママと帰る夜の道、街灯が灯す明かりがポツポツあるだけで人はほとんど歩いていない。
 ベッドタウンのこの街は高齢化が進み、凜が住んでいる家の周辺はお年寄りが多い。だから、夜も静かでちょっと寂しい感じがする。あるのは整備された街並みに整然と立つ街灯と街路樹。それに、時折、虫の声が聞こえるようになってきた。
「月明かりがきれい。」
 凜は半月が輝く南西の夜空を見上げながら、そう思った。
先にママが口を開いた。
「7 月のコンクールも予選と決勝があるけど、やれそう?」
「うん。やれそうっていうか、やるしかないし、やらなくちゃ!」
 そう答えた凜は唐突に誰もいない広々とした橋の上でグランパドシャをしながらママの先の方で答えた。
「ねえ、ちょっと!そのジャンプ、体が前傾姿勢になってるんじゃない?!しかも、縦一直線に伸びてないし。開脚足りてないじゃない!」
「分かってるってば!だから、跳んでるの!」
「これから必死でやらないと、予選通らないよ。6 年生だし。」
「… 」
ふくれ面でママを見てからひたすら跳び続けた。

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