バレエ小説❤️グランジュッテ その1



卓越した才能や容姿に恵まれていなくても、
そこに揺ぎない情熱があれば道は通じる。


 学校の終了時間と共に凜の真の一日が始まる。
「凜、バイバーイ!今日も急ぎ?」
「うん。じゃあね!茉奈。」
そう言うが否や、教室を背にして急ぎ足で下駄箱に向かった。急ぎながらも今日はパ・ド・ドゥ・クラスがあるから柔軟もしっかりやってから行かなくちゃ!と教室にいるはずの茉奈に心の中で呟くのも忘れなかった。校門から出た途端に走り出し、一目散に帰った。
「ママ― !ただいま!おなかすいたー!何か軽く食べるものない?」
「何よ!帰って早々!今日の学校の報告でもしたら?宿題は?」
「やる、やる!ママだっておかえりー!って言ってくれてないじゃん!今日は算数のテストで98 点だったよ。えーっと、はい。」
話しながらランドセルからテストを取り出して渡した。
「何、この間違え!凡ミスじゃないの!」
「また、やっちゃったの。」
「多すぎる!」
「ママ、それより食べ物ちょうだい!お腹すいちゃった。」
「焼きおにぎりで良い?」
「うん!それがいい!バレエのレッスン前に炭水化物取っておきたいから!」
「そんな大人みたいなこと言って~!」
ママは笑いながら冷凍庫を開けて冷凍焼きおにぎりを取り出した。電子レンジで温めてくれる間にランドセルおいてお団子の用意に取り掛かろうと思った。
凜は急いで二階の自室に駆け上がると、机の脇のランドセル置き場にきちんと掛けた。そうしておかないと後からママに怒鳴られるのがお決まりだった。
「宿題やっちゃおうかな。」
 ボソボソ、言いながらランドセルから宿題を取り出して机に向かった。
 凜の部屋は南向きで、明るくて気持ちの良い風が通る。窓の外は青空が澄み渡り、街路樹が赤く染まって秋の装いを強めていた。そんな景色をぼーっと眺めていると、
「凜!チンできたから早く来なさーい!」
しまった。ボーっとしていた。
「はーい!今行く!」
机に広げた宿題はそのままにして、お団子セットだけを持って1階に降りた。
リビングにある木目の鮮やかな食卓テーブルの上の小さな花瓶にはママのお気に入りのピンク色のガーベラが飾られていた。四角い白皿にきちんと並べられた2つのおにぎりの温度をチェックして冷めるまで洗面所で髪を結い始めた。ママはリビングのパソコンでカタカタと打ち込み続けている。去年、10歳になったから自分でお団子を結えるようにするという目標が達成できたのが嬉しくて、時間をかけながらも一人でシニョンを作るのが日常になっていた。
 ポニーテールが出来たので、もう一度リビングに戻って焼きおにぎりが冷めたのを確認してから少しずつ食べ始めると、それまでギュルギュルなり続けていたお腹も満たされておとなしくなった。
「ママ?何してるの?」
「仕事。」
 パソコンから目を逸らさないでママが言った。パソコンをカタカタさせているだけでどうして仕事になるのかが分からなかったけれど、とにかく納得したという表情を作ってみることにした。
「ママ?」
「何?仕事に集中できないから無駄に声かけるのやめてくれない?」
「無駄じゃないよ!今日パドドゥクラスだからレッスン代ちょうだい。」
「え?!あ!そうだったね。わかった。ちょっと待って。」
ママは、一通りパソコンに目を通してから「ヨイショ。」と言って腰を上げた。
「いくらだっけ?」
「知らないよ。予定表見てくれない?」
「あなたが見なさいよ。自分のことなんだから!」
「はーい。」
 ちょっと不機嫌そうな返事をしてレッスンスケジュールの下に書いてある。
特別パドドゥクラスの金額をチェックした。
「ママ、2500円だって。」
はい、はい。どうぞ。封筒は?」
「今取ってくる!」
 2階に駆け上がってバレエバッグの中を漁った。
「あったよ!ここ!」
 お月謝の封筒にお金を入れて、かばんにしまった。
「パドドゥクラスって、どんなことやってるの?」
「んー。今日で2回目だからどういう風に説明していいかわからないけど… 楽しい!」
「それじゃ、全然説明になってないじゃないの!」
「… 凜はまだトウシューズで両足で立つだけなんだけど、お姉さんたちはアラベスクしたり、回ったり、斜めに倒されたりなんだけど、うまく説明できないや。今日がんばって覚えてくるよ。」
「本当に頑張ってよね。ママは早く、あなたが舞台で優雅に踊る姿が見たいな。」
「ユウガにか… 今は無理!」
「分かってるわよ、そんな事!」笑いながらママは言った。
「ごちそうさま!準備してくる。行く前に柔軟したいから押してくれる?」
「はい、はい。早く用意しなさいね。」
 そう言って、ママはまたパソコンの前に張り付い
た。今日はレオタード何色にしようかな?と選びながら机に目をやると放置していた宿題が目に飛び込んできた。
「やっば!やらなくちゃ!」ピンク色のレオタードを鷲掴みにしてカバンに入れると素早く宿題に取り掛かった。こういう時の、凜の宿題をやるスピードは速い。好きな事をするためには自分のやるべきことをきちんとやらないといけないとママから耳に胼胝ができるほど言われている。おかげでテストの結果はいつもクラスでもトップの方。ママはそれでも凡ミスばかりだと文句を言う。
「今日の宿題はよりによって手ごわいな。」
 こういう時はバレエで鍛え上げた集中力が役に立つ。バーレッスンのパを覚えるため、培った集中力は壁にぶち当たる度に、凜を助けてくれた。

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