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東大を出たけれど74「惰性」

「店を出したんだ――」
 電話の声は、かつての同僚である。今は郷里に引っ込んでいたとは聞いていたが、まさか雀荘の店主になっているとは思いもよらなかった。
 ずっと、自分の故郷で雀荘をやりたかったんだそうだ。
 当時一緒に働いていた頃は、共に惰性の日々を送るばかりで、お互いに将来を語ることなんてなかった。もちろん私の方にも人に聞かせられるような夢なんてなかったし、それは彼も同じだろうと思っていたのだ。
 雀荘メンバーなんて、流水のようなものだ。ただ流されるまま人生を過ごし、常に低い所を求めて下っていく。そうして最後に落ち着く場所は安寧の池ではなく、泥にまみれた水溜りなのである。
 単に麻雀が好きでなんとなくこの世界に揺蕩っているだけの人間が、高みへ這い上がる意志を明確に持っていることの方が稀有であろう。

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