『一庶民の感想』 7 書くこと

 ぼくは片岡義男さんの小説が好きだ。もちろん、エッセイや評論、翻訳も好きだ。それは片岡義男さんの書く言葉がシンプルでからりとしていて、その上豊富な内容を持っているからだ。かつてオートバイに乗っていたことも関係しているだろう。全体にすっきりとしていて、バランスがとれている。短文、言い切りのかたちで会話が展開されるところなども面白い。ぼくが文章を書くときの最良のお手本の一つだ。

 昔、村上春樹さんの書いたものの中に、ぼくは書くことによってしかものを考えることができない、という趣旨の文章を読んだ記憶がある。それが最近なんとなくわかってきた気がする。書く前の思考は曖昧だ。その曖昧で形をもたない思考に、文字がかたちを与える。しかし、かたちになったことによって失われてしまうものもある。ある意味で、書くとは削る作業だ。彫琢という言葉もある。

 書けば書くほどこぼれ落ちるものがある。そのこぼれ落ちるものを気にするとき、またぼくは思考し、書かなければならないと感じる。書かれたものよりもきっと、書かれなかったものの方が重要なのだ。

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