3) 「郷愁」

古[いにしえ]の物語を囁[ささや]く小川は
野原の東の果てをめぐり
夕まぐれ
斑[ぶち]の黄牛[ファンソ]が気怠[けだる]い金色の声で鳴いていた、

──その郷[さと]を 夢にだに忘られようか

火鉢では灰が冷めゆき
刈り取り後の畑に夜風の音が馬を走らせ
老いた父が眠気に耐えかね
藁[わら]枕を当てて横たわった、

──その郷を 夢にだに忘られようか

土で育った僕の心が
青いあーおい空の色を慕い
あてなく放った矢を探して
草露にびっしょり濡れた、

──その郷を 夢にだに忘られようか

伝説の海に踊る夜の波みたいな
お下げ髪をなびかせた幼い妹と
何と言うこともない 美しくもない
一年中素足の妻が
強い日差しを背に落ち穂を拾った、

──その郷を 夢にだに忘られようか

空にはまばらな星
どことも知れぬ砂の城へと歩みゆき
霜烏[しもがらす]が啼きながら飛んでゆく 粗末な屋根の下で
おぼろげな明りを囲み密[ひそ]やかに語らった、

──その郷を 夢にだに忘られようか
(「郷愁」一九二七、拙訳)

 芝溶の作品を「感覚は優れているが、内容がない」と難ずる論者がよく例に引くのが、この「郷愁」です。芝溶の作品が白秋のそれに似ているのは、まさにこの「感覚だけがあって内容がない」ように見える点にあります。ここで白秋の「序詩」 (『思ひ出』、一九一一)を引いてみましょう。

思ひ出は首すぢの赤い蛍の
午後[ひるすぎ]のおぼつかない触覚[てざはり]のやうに、
ふうわりと青みを帯びた
光るとも見えぬ光?

あるひはほのかな穀物[こくもつ]の花か、
落穂[おちぼ]ひろひの小唄か、
暖かい酒倉の南でひき揉[む]しる鳩の毛の白いほめき?

音色[ねいろ]ならば笛の類[るゐ]、
蟾蜍[ひきがへる]の啼く
医師の薬のなつかしい晩、
薄らあかりに吹いているハーモニカ。

匂ならば天鵞絨[びろうど]、
骨牌[かるた]の女王[クイン]の眼[め]
道化たピエローの面の
なにかしらさみしい感じ。

放埒[ほうらつ]の日のやうにつらからず、
熱病のあかるい痛[いた]みもないやうで、
それでゐて暮春のやうにやはらかい
思ひ出か、たゞし、わが秋の中古伝説[レヂエンド]?

 幼い頃の記憶を感覚的に表現したこの詩には、視覚、聴覚、触覚、嗅覚などの共感覚がふんだんに活用されています。連と連の間には時間的な連続性や、継起的に起こる事件といったものは見られません。話者についての説明もありません。この作品から詩人の思想や主張を読み取ることは、ほとんど不可能でしょう。しかし誰も言葉で表現することのできなかった微妙な感じ、すなわち幼児が生に対して抱く根源的な恐れや不安、懐かしさといった微細な感情の動きを感覚的な言語魔術で表現した作品が、読む者に強烈な印象を与えます。思想性が希薄でありながら読むに堪える詩を創造したという点で、白秋は日本近代詩上、比類なき存在でした。「感覚だけの詩」と非難する人もたくさんいましたが、その実、思想性を欠いた詩で他人を感動させるなど、誰にでもできる事ではありません。人は思想の欠如に堪えられないのです。若き日の芝溶は、こうした言語の錬金術に魅せられていました。
 ただ、 「郷愁」には、話者の思想をまったく読み取ることができない訳ではありません。「郷愁」に表面的に現れているのは故郷を懐かしむ話者の姿ですが、一見、感傷の軽い表出のように見えるこの作品から、もう少し深層の意味を発見することもできます。その鍵となるのは、「──その郷を 夢にだに忘られようか」という一節です。連の間に一行空きで挿入されたこの独白は、独立した一行であるという点と、「――」によって他の行より二字下げになっている点が、故郷の情景に対する話者の心理的距離感を表わしています。心理だけでなく、物理的にも話者は故郷から遠く離れているに違いありません。田舎の情景を懐かしむというのは、話者が都会にいることを前提にしています。だから、「──その郷を 夢にだに忘られようか」と嘆くたびに、あるいは嘆けば嘆くほどに、話者は自分の今いる場所が、懐かしい故郷と対照的な所であると、言外に語っているのです。
たとえば、第一連の情景描写の後、話者が「──その郷を 夢にだに忘られようか」とため息をつくことで、読む者は話者が現在暮らしているのは、広い野原も小川も牛も見えない、近代的なビルディングが立ち並んだ都市であろうと想像させられます。また、第二、四連では話者が温かい家庭と遠く離れた所で淋しく暮らしている姿が浮かびます。故郷が美しければ美しいほど、対照的な話者の現在がみすぼらしく見えるのです。「──その郷を 夢にだに忘られようか」は話者のそういった内面心理を伝える装置として、それぞれの連の後に巧妙に配置されています。
 つまり「郷愁」の表層的な意味は郷愁ですが、深層的な意味は都会に住む者の孤独と疎外感であると言うことができ、近代的な都市生活に適応できない話者の苦悩がテーマになっていると見ることもできるでしょう。「──その郷を 夢にだに忘られようか」は、ふつう反語、すなわち「絶対に忘れることはできない」という意思を強調するためのレトリカルクエスチョンとして解釈されますが、この疑問形をそのまま疑問としてとらえれば、「──その郷を 夢にだに忘られようか」は「私は故郷を忘れることができるのか?  忘れなければならないのか?  都市の生活に適応するべきなのか?  そのうち、本当に故郷を忘れてしまうのではなかろうか?」という話者の自問の言葉であると解釈され、繰り返されるリフレーンは、迷い続ける話者の姿を表現していると考えられます。
 こうした「故郷喪失感」は近代化、都市化が進む中でドイツのハイネを始め、各国で詩人達がうたったものです。日本でも田舎から東京に出てきた文学青年はほとんど例外なくこの故郷喪失感を持っていました。室生犀星の「ふるさとは遠きにありておもふもの」というフレーズなど、誰でもすぐ思い浮かぶでしょう。鄭芝溶にとっても京都という近代的都市との遭遇は、大きな衝撃でした。当時の朝鮮がすでに国権を失っていたという事情は、この喪失感を倍増させたでしょう。しかし、「郷愁」という詩の全体からにじみ出てくるものは「都会における孤独」というボードレール的情緒であり、二度と戻ることのできない前近代的な世界に対する「のすたるぢあ」(「郷愁の青馬車」)なのです。