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インボイス制度が始まって、突如 会社間を飛び交い出した怪文書の謎


 お国のインボイス制度がはじまって、約1ヶ月が経過したわけだが、世の中の大半の人は、気楽な家業のサラリーマンなので、この制度のおもしろさ、いや、「恐ろしさ」についてまだ実感していないだろう。

 もちろん、サラリーマンではなく「フリーランス」の人や、「個人事業主」の人は、課税業者になるべきか、いやならざるべきかなども含めて、従前からずっと悩みつづけてきたに違いないが、今回は比較的大きな「会社同士」のお話をしてみたい。

 ヨシイエさんは、中小企業の経営実務に携わっているので、サラリーマン取締役として日々、多くの業務に励んでいる。

 いや、ごめん。ウソだ。

 要するに、営業から事務から請求書の発送から、「なんでもかんでもやっている」のだ。むしろ正確には「ヒラリーマン取締役」なのである。


 さて、インボイス制度が始まる前は、我々のような「株式会社」になっている事業者は、何だかんだ言って

”ほぼ絶対に課税業者にならざるを得ず、っていうか消費税はすでに払っているし”

ということで、特段慌てることもなく、ただ、「インボイス制度がはじまるのね〜、致し方ないわね」としか思っていなかった。

 フリーランスのようにぎゃあぎゃあ言っても仕方なく、まあなすがままのまな板の上の鯉状態なのが、ふつうの会社組織なのだが、そういう訳でインボイスが始まる前は、なんだかんだ言ってのんきなものだったのである。

 取引先からは

「うちの登録番号はこれこれなので、よろぴくね」

みたいなFAXが来たり、請求書に番号案内が同封されていたりするような、まあ牧歌的な雰囲気が漂っていたわけだ。


 ところが、いざインボイスが始まってみると、大変なことが起きはじめた。

 「請求の形式や書式が、インボイスに対応したものであるかどうか」とか、「この書類は適格書類か否か」とか、そういうことは事前に予行演習や準備が済んでいたので、まあ誰も慌てなかったのだが、我が社を含めて、ほとんどの取引先の間で

「慌てて作った怪文書」

が飛び交い始めたのである!!!

 ・・・「怪文書」というには大げさだが、各社とも急遽作った感がバリバリにじみ出ているため、中には文章が怪しいものや、ふだん慣れない書き手が必死で作ったようなものも含まれているのだが、それはつまり、以下のような内容が書かれた文書が慌てて配られることになったのだ。


『えーっと、急で悪いんですが、請求書の金額通りに払ってね!振込手数料を値引いたり、勝手に値引きしたような金額を支払わないで!お願いだから!』

という文章である。

 基本的に企業同士の文章ややりとりは、いちおう礼儀があるから「下手に出るようなお願い」文書になることが大半だが、中には慌てすぎて

『振込手数料を値引くと、おまえが大変なことになるぞ!俺もお前もお互いに面倒だから、やめろや!』

みたいな、威圧的なんだか、泣き落としなんだかわからないような文章を送ってくる企業もあったくらいである。

 まあ、みんな慌ていて書き方はしっちゃかめっちゃかだが、要するに

たいへんなことが起きている

ことに気づいたのである!


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 さて、いったい何が起きているのか。それを理解すると、このインボイス制度の「ものすごい恐ろしさ」がわかってくる。

 話の概要は簡単だ。上でも書いた通り

『請求書の金額通りに払ってね』

というだけである。これそのものは、通常のサラリーマン生活を送っている人には、なんのこっちゃわからないかもしれない。当たり前の話だからだ。

 スーパーでも、アマゾンでもいいのだが、普通の消費者は「買ったものの値段」は売り買いをする瞬間にはっきりしていて、その価格を支払うのが筋であり、ふつうの商行動である。

 だから1万円のものを買ったら、1万円払うのは当たり前なので、何を言っているかよくわからないだろう。


 ところが企業同士の商慣習では、「振込手数料や各種銀行手数料を差っ引いて支払う」ということがよくある。

 簡単に言えば『手数料をどっちが持つか。買った側が持つか、売った側が持つか』という話で、どちらの場合もよくあるのだ。

 この手数料どっち持ち?という話は契約書に書いてある場合もあるし、「なんとなく」の商慣習として生じることもある。

 だからざっくり言えば

「ある1万円のものを売って、振込手数料は銀行でとられて、残りだけ振り込まれてくる。つまり9600円とか」

といったことがあるわけだ。

 あるいは振込関係なく、店で売り買いをして「端数はまけときますね」なんてこともよくあるだろう。

 これは消費者としても、お店がそうしてくれる現場に出くわすことがあると思う。8350円の商品なら「もう8000円ちょうどでいいよ」と言ってくれるような場面である。

 しかし、恐ろしいことにインボイスがはじまると、どっちもダメなのだ!!!

 勝手に手数料を差っ引くのもダメだし、端数を切って売るのも、マズいということになっている。

 なーんでか?

 いや、もちろん、「手数料売り手持ち」も「端数値引き」もやっていいことにはなっている。それが絶対に許されない行為だとはなっておらず、お国としては「やっていいよ」とちゃんとインボイスマニュアルにも書いてある。


 しかーし、それが罠なのである。


 やっていいよ、ということになっているが、実際に手数料や端数を値引くと

「これこれこんな風に値引いてしまいましたので、お上に値引いてしまったことを申し上げます」

という書類を作って出さなくてはいけないのである!!!バババーン!!!

 それもさらに恐ろしいことに

「売り手の側ではなく、買い手の側が上申書を作って差し出さねばならない」のである!


 意味分かる??

 お店であなたが8350円のものを8000円に値引いてもらったとするでしょう?そうするとインボイスに適格である形式の書類をあなたが作らないといけないの。

 「私ヨシイエ、なんと350円も値引いてもらいました!そのことをお国に心より申し上げます」

という書類を、作ってお店に渡さないといけないのです。

 振込手数料値引きも同じで、

「私、ほにゃらら株式会社は、振込手数料を値引いてしまいました。そのことをお国に心より申し上げます」

という書類を作って、売り手の企業に送付しないといけないのです。

 まけてもらったほうが、面倒くさいことをしないといけないように制度設計されているので、まさに罠!!


 やってもいいよ、と言いながら、実際の実務がそんな風に決められているので、企業同士は大慌てになったんですね。

「こりゃあ、お互いにやっとられんわ!そんなんだったらもう、最初から請求金額通りに払い合ったほうがマシだぎゃ!」

ということにみんなインボイスが始まってから気づいたので、大慌てで書類を作って送り合っているわけです。ナウいでしょ?


  さて、ではなぜそんなことが起きるのか。

 端数処理とか手数料とか、たいしたことねーじゃん、見逃せよ!

とつい思ってしまうそこのあなた。それはお国から見れば非国民だというのです。

 なぜか。お国の言い分はこうです。

「おいおい、ちょっとまてよ。おまえが今値引いてもらった350円。そのうち10%の消費税分35円は、誰のものかわかってんのか?

 俺だよ、俺のもんなんだよ35円。

 なに勝手に35円おまえが処理してるんだよ。それは俺がもらえるはずだった金だろう。勝手に存在を消すんじゃねえよ?

 は?なにか?お前が本来俺がもらえるはずだった35円を代わりに支払ってくれんのか?払わねえんだろ?どうせ。

 そういうことだからよ。

 35円を実際に安くしてもらったお前が、立て替える必要まではないけどよ、その代わり始末書書けよ、始末書。

 35円は本来お国に渡すはずだったけれど、こういう理由で今回はお値段まけてもらったので、消滅してしまいました。勝手なことしてごめんなさいって。ほら、早く書け。今すぐ買いて出せ。

 売り手のお店に渡せ。そしたらその始末書をお店が税務署に持っていくようになってんだよ」


 こえええええ!!!

 お国怖ええええええええ!!!


 ・・・まあ、そういう制度なんだよ。インボイスってのはさ。わかったか?俺をなめんじゃねえぞ。(日本政府)




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