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国の未来を食べる制度;ふるさと納税の問題

 過日、宮台真司氏と神保哲生氏が主催するビデオニュース・ドットコム社のマル激という番組でふるさと納税に関する問題点を説明した。その際に用いたデータや参考資料、考え方の整理についてここにまとめておくこととする。同制度を考える切っ掛けの一つになれば幸いである。

1.ふるさと納税の制度概要

 ふるさと納税は「納税」という言葉を冠しているが、実態の仕組みは「寄付金控除」である。自分が住んでいない市区町村に対して行う寄付行為について、寄付金計上年度の所得税からの所得控除(20%)、寄付金計上翌年度の個人住民税(基本控除10%と特例控除70%)の税額控除によって成り立っている。
 寄付額から2000円を差し引いた額の30%(上限)が返礼品として受取可能である(詳しくは佐藤(2021)などを参照)。

ふるさと納税の概念図
出所)佐藤(2021)p.2を参考に筆者作成。

 ふるさと納税の利用率は納税者に対して2019年段階でも6.89%であり(橋本 2022)、高いとは言えない。その点で、利用額には伸びしろがある状況になっている。一方、所得階層別には利用率には差がある可能性がある。岩崎(2022)の調査を見ると、高額所得者ほどふるさと納税の利用割合が高い。

2.ふるさと納税の概況

 ふるさと納税の申請額は年々増加傾向。3割に返礼品が抑えられた2019年度は一時的に減少するも、その後再び増加し、2021年には8000億円を超える額が申請された。

ふるさと納税の利用額
出所)総務省「ふるさと納税関連資料:令和4年度ふるさと納税に関する現況調査」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/archive/)より筆者作成。

3.ふるさと納税の問題点

 ふるさと納税には大きく分けて2つの問題点がある。一つは租税論上の問題点、もう一つは地方財政運営上の問題点である。

(1)租税論上の問題点
 税とは、社会における「共同の財布」である。この財布に一度入れたお金は、個人の財布や貯金と異なり、個人が勝手に取り出して使うことはできない。これを一般報償性、あるいは無償性の原理と呼ぶ。
 返礼品を目当てに寄付金控除の枠を、事実上、個人が自由に買い物をするために使わせることは、この税の大前提をひっくり返すことになる。
 また、垂直的公平性が毀損されていることも大きな問題である。累進所得税を採用する国では、一般に高額所得者ほど税負担が重い。ふるさと納税の税額控除は定率のため(納)税額の大きさによって適用される税額控除の額が大きくなる。
 その結果、高額所得者ほど多くの控除を受けられる制度設計となっている。かんたんにいえば、お金持ちほどふるさと納税でたくさんの商品をもらうことができる。税額控除は「定額」による足切りによって所得格差を調整する方向にも使えるが、ふるさと納税は定率のため税額の増大=税額控除の増大、につながっている。
 実際、ふるさと納税の返礼品の試算額(上限額の3割を想定)は、所得階層が上がるほど絶対額も相対的な所得に占める割合も上昇していく。

所得階層別ふるさと納税の返礼品(寄付額3割想定)の上限額
出所)総務省「ふるさと納税の仕組み」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/mechanism/deduction.html)より作成。


所得階層別ふるさと納税の返礼品(寄付額3割想定)の上限額が平均所得に占める割合
出所)図3に同じ。

 他の寄付金控除との公平性という点でも、ふるさと納税は住民税所得割の2割を上限とする「特例部分」がある。識者の意見としては、ふるさと納税の改革として、この特例控除を段階的に廃止していくことが提言されている(橋本・鈴木 2016, pp.36-37)。

(2)地方財政運営上の問題点
 ふるさと納税は都市部に集中する財源を、「個人が縁のある他の自治体、象徴的にはふるさと」へ移転するシステムを求めて議論された。
 人の人生を2期(生育期と稼得期)に分けた場合、生育期には人は自治体のサービスに対して直接的に負担を行わない。一方、稼得期には生育期を過ごした地域から流出することがあるため、この2つの調整を行う意味で「ふるさと納税」にも一定の理屈はあったかもしれない。
 いわば、水平的財政調整を個人のニーズによって満たそうとするアイディアであったといえる。
 制度のポジティブ面を評価する論者は、ここに財政の直接民主主義の発露を見ようとする。しかし、実態はまったく異なっている。
 ふるさと納税の申請件数と額の急激な増加は、免除額の納税額2割までの引き上げ、ふるさと以外の自治体へ自由に選択して税額控除を適用可能にした2014年以降に急増していることは明らかである。
 歳出面では寄付金を基金化することで、積立金の不安定性がましていることが、変動係数(標準偏差を算術平均で除した数値)を観察すると確認できる。
 また、返礼品の調達(物件費)についてもバラツキが大きくなっていることが確認できる。
 市よりも町等で大きく変動が拡大しているのは、財政規模が比較的小さいこと、それゆえに短期的なふるさと納税による寄付金収入が一種のバブルのように膨らんでいることが予測できる(伊藤 2020なども参照)。

歳出の変動係数(標準偏差÷平均値)
出所)総務省『地方財政状況調査』及び『住民基本台帳』より筆者作成。

 地方財政への影響を地理的にみると、東京、名古屋、大阪といった都市部が収支上赤字を計上し、その他の地域では比較的黒字化していることが読み取れる。
 北海道、鹿児島、新潟及び山形の一部には、対地方税収の規模で見たとき10%を超えるエリアの集中が見て取れる。返礼品及び、それが生産できる地理的特徴と財政規模の類似が影響している可能性が見て取れる。ふるさと納税は受取超過と支出超過の自治体間に構造的な分断と対立を生み出す制度設計となっている。
 本来、都市と非都市間における市民の時間的な便益の調整を図ろうとした制度は、結果的に豊かな個人に税による個別の商品の購入を可能にする不平等な制度となり、同時に自治体間の潜在的対立を生み出す負のシステムになっている。

ふるさと納税による地方財政歳入への影響の収支
出所)総務省「ふるさと納税関連資料:令和4年度ふるさと納税に関する現況調査」及び『地方財政状況調査』より筆者作成。
ふるさと納税による地方財政歳入への影響の収支(対税収)
出所)図6に同じ。

 上記図に用いたデータは、サイトで公開している
 川崎市の流出は深刻で、50億円を超える純流出となっている。
 不交付団体のため、交付税での75%繰り戻し措置もないため、損を丸抱えする構造になっている。
 例えば、同年の川崎市の子育て費用に関係する拡充は13億円であったが、その3倍近い額が個人の消費のために市財政から消えている。
 このことからも分かる通り、都市部の不交付団体の漏出は深刻である。
 同時に、交付団体も穴埋めあるとはいえ、それ自体が地方交付税交付金の財源の安定性を損なうこと、垂直的再分配の役割を撹乱すること、国の財源が個人消費(それも逆進的な)の穴埋めに使われていることにも注意を要する。
 また、ふるさと納税により購入される商品は、官製市場向けの供給となってしまい結果的に市場での通常の取引にも撹乱の影響を与えていることにも注意を要する。本当に魅力的な商品ならば、税の仕組みを使わなくとも市場で売買することが可能であるが、事実上、ふるさと納税という仕組みの中で価値を見いだされているに過ぎない。それ自体が、本当に商品やサービスの魅力を高めているか、経済学者、社会科学者から鋭い批判を加えられるべき点といえる。

4.まとめ

 ふるさと納税は、共同で買うアクセス権が平等にある財(インフラ、セーフティーネット、社会的共通資本)を、個人の消費に化けさせている。その結果、共同で買うものはますます貧しくなる。個人の一時的な消費の快楽と未来への投資を取り替える行為に等しい
 ふるさと納税の納税額に対する調達費用及びコストが公開されている。このコストは、社会的共通資本が個人の費消、企業の利益に消えた部分である。つまり、公共が私有に化けた額といえる。
 地方財政の安定、継続、信頼性こそ回復させるはずなのに、ふるさと納税はそれをまやかし的に調整しているように思わせている。
 それは社会的共通資本の個人化にほかならない。
 仮に地方自治体にふるさと納税による収入の集中がおきても、身の丈以上の資源を受け取った市町村はその貨幣を基金に積み立ててしまうので、結果的に単年度のマクロ経済効果から考えると、支出されたはずの財貨が市場から引き上げられてしまい、景気に対してもマイナスの影響を与えることにもなりかねない(その年の財政としてその年に買われるはずだったものが、基金に積み立ててしまうと支出されず買われないため)。
 児童相談所の人員不足、保育人材の不安定雇用や低賃金問題がいつも騒がれる国で、年間4000億円を税金と引き換えに人々の飲み食い、それを配送するためのプラットフォームに私的に流用していることになる。
 これは、「未来を食べて今の享楽を享受する」行為と同義である。


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