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ルツェルン湖

夫のバーニーの同級生のテレサはスイス人のグラフィック∙デザイナーで、ルツェルンに住んでいる。社会福祉士のベアトリスと同棲中。子供はいない。私達は夏休みにスイスに行くたびにテレサとベアトリスの家に泊めてもらい、ルツェルン湖で泳ぐ。
 
今年はベアトリスはゾロトゥルンで和太鼓のキャンプに参加中ということで、テレサにしか会えなかった。
 
私達親子4人は2022年のスイスの建国記念日 (8月1日)の前夜に車でルツェルンに着いた。テレサが2種類のサラダとスパゲッティを作ってくれた。夕食後みんなでルツェルンの旧市街へ繰り出した。ルツェルンでは建国のお祝いは前夜(7月31日)に執り行われる。8月の2日は火曜日。皆仕事に戻らなければならないから丁度いい。
 
ルツェルン湖の湖畔では大勢の若者達がビールを片手に涼んでいる。橋を渡って鉄道の線路を越えると、私の大好きなKKL ホールの正面では野外コンサートが始まっており、物凄い人だかりだ。アルコール飲料やアイスクリームの売店前には長蛇の列ができている。みんな、楽しそうだ。
 
スイスは過去20年で、人口が20%増加した。スイス人の出生率は低いが(女性一人につき子供1.48人)、外国人労働者がどんどん入国している。現に統計によると、全人口数、824万人のうち、外国で生まれた人達は約226万人。
 
この建国記念日の前夜、ルツェルン湖畔に集っていた若者達の中にも、両親がスイス人じゃない人達がかなりの割合で混じっていたに違いない。ちなみにスイス政府は片親がスイス人でない限り、スイスで生まれた人達に市民権を与えることはない。スイスに生まれ、スイスで医者になっても大学教授になってもスイス人ではない。なのに、うちの娘達はカナダ人で、スイスには夏休みに滞在するだけで、ドイツ語も喋れないのに、スイス国籍を持っている。父親がスイス人だからだ。血統がものをいう。まるで平安時代の貴族社会だ。つまりうちの娘達の子孫はカナダ人だろうとアジア人だろうと永遠にスイス人。
 
「うちらの国に住んでるからって、うちらの一員になれると勘違いされても困るからね……」
みたいな、感じだろうか。
 
スイスには仕事がある。人手が足りない。諸外国、主にヨーロッパから白人の労働者が入国し、労働ビザでスイスに滞在する。清掃、給仕、建設、介護、農業などの、いわゆる、3Kの仕事に就いている。ちなみにEUでは、それらの仕事に就いているのは有色人種だ。
 
スイスでは稼げる額も膨大だが、生活費も高い。それでも、外国人労働者はせっせと節約しながら、日夜懸命に働く。彼らの出生率はスイス人のそれより高いので、スイスは外国人労働者の小さな子供達で溢れている。スイスは活気のある60-80年代の日本のようだ。市営プールで泳いでいても、小さな子供を大勢見かける。子供がいる、にぎやかで、みんなが未来を見ている社会だ。
 
私達は旧市街でアイスを買って、それを食べながら有名な木造の橋を渡り、ルツェルン湖畔のテレサのマンションに帰った。
 
さて、建国記念日当日はブランチの後、家族とテレサとルツェルン湖に泳ぎに行った。午後の2時に、すでに、湖畔の芝生は人で埋まっている。
 
私はここ2, 3日、車で移動しているだけで運動不足だったので、黄色い大きな球型のウキとウキとの間を行ったり来たりして泳ぐ。子供達、バーニー、テレサは浅瀬で遊んでいる。彼らはそのうち木陰に戻って、子供達はネットでアニメを観だし、バーニーとテレサは、あの人は今どうしてる、この人は今どうしてる、と学友達の噂話に花を咲かせている。
 
私は超高級ボートが行き来するのを横目で見ながら泳ぐ。真夏の快晴のスイスの建国記念日にルツェルン湖で思う存分泳げるこの幸福!
 
ふと目の前に黄色い虫が浮いている。黄色の地に白い水玉のテントウムシだった。右手で救う。テントウムシは私の好きな昆虫だ。幸運をもたらしてくれるんじゃないか、とハイキングのたびに血眼で探す。手の甲をチョコチョコと動く。まだ生きている!
 
右手を湖面に浮かせながら、左腕と足だけでバランスをとりながら岸に向かって泳ぐ。疲れて、アップアップするが、絶対に湖の水は飲みたくないので、必死に足をつりそうになりながら泳ぐ。ルツェルン湖にはアヒルや白鳥が生息している。そういう湖の水を飲んで下痢でもしたら大変だ。
 
やっと岸に着いた。湖畔の木陰の下に生えている低木の葉にそっとテントウムシを乗せた。
「借りは、返してね!」
と言い残して泳ぎに戻った。
 
しばらくして、また、同じ黄色地に白の水玉のテントウムシが湖面に浮いている。同じように救出した。
 
これで、3度目に同じようなことがあれば、まるで今昔物語だな、と思いながら泳いでいると、なんと、また同じ模様のテントウムシが湖面に浮いている!
「今は昔。スイスのルツェルン湖で、ある日本人の中年の女が……」
 
3匹目のテントウムシも救出し、これで億万長者になること間違いなしと確信する。日頃の行いが良い者は報われなければならない。
 
さて、良いことをした、と再び泳ぎ始めると、なんと4匹目のテントウムシが湖面に浮いている。あー、もうこのまま泳ぎたい。とは言っても見捨てるわけにはいかない。かと言っても3匹以上助ければ、億万長者にはなれないかもしれない。
(困った。どうしよう?)
 
そこで、4匹目を救い、自分の頭の上に乗せた。羽が乾いて飛べるようになったらまた飛び立てばいい。私が湖から上がった時にまだ頭に停まっていたら、木の葉に移してやればいい。私は泳ぎ続けられるし億万長者にもなれるしテントウムシは助かる。一石三鳥じゃないか?
 
湖から上がって、家族とテレサにかがんで頭を見せ、黄色いテントウムシが付いていないか、と聞いた。付いていなかった。無事に飛び立ったことを祈る。
 
テレサによると、黄色いテントウムシは外来種だそうだ。後で、ネットで調べてみた。シロホシテントウ(Vabidia Duodecimgutatta)だったかもしれないし、オレンジテントウ(Halyzia Sedecimgutatta)だったかもしれないがはっきりしない。白い水玉の数もよく覚えていない。写真でも撮っておけばよかった。
 
 
 
 
 
 
 

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