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ヴァリス

私達家族はカナダに住んでいるが、夏休みは夫のバーニーの母国スイスのヴァリスで過ごす。バーニーはチャキチャキのベルン人で本当はベルナー∙オーバーランドで夏を過ごしたいのだが、ベルナー∙オーバーランドは物価が高すぎて手が出ない。そんなベルン人の避暑地がヴァリス。夏はハイキングの、冬はスキーのメッカだ。ヨーロッパ中からベルナー∙オーバーランドやエンガディンに手が出ない観光客が通年で訪れる。特にオランダ人に大人気だ。
 
この日は車でゴムスからジュネーブへお出かけ。シエールでふと右手の山を見ると、中腹に何とも醜い巨大な長方形の建物が3つ並んでいる。
 
「何アレ? 趣味悪!」
「クラン∙モンタナっていうスキー場」
バーニーが答えた。
「スキー場? あんなセンスのない団地みたいなのが?」
「ヴァリスだから」
ベルン男のバーニーの口癖だ。
どうやら、スイス人の認識としては、ヴァリスではハチャメチャなことが起こるらしい。
 
どうしてスキー場にあんな醜い団地のようなホテルが建ったのか? スイスの他のカントンではあり得ない(例外はサンクト∙モリッツ)。スキーリゾートでは、「アルプスの少女ハイジ」の山小屋のように、建物には普通は屋根が付いている。カントン∙ウーリーのスキーリゾート、アンダーマットの新築の高層ホテルにさえ屋根が付いている。
 
ヴァリスでは美しい山の中腹に醜いセメント工場がデーンっと建っていたりする。ローン谷の絶景が台無しだ。ヴァリスの政治家や実業家は、後先のことをよくよく考えないで、目先の利益に釣られて事を進めることが多いという。
 
豊かな農民文化を誇る余裕しゃくしゃくのベルン人にしてみれば、ヴァリスはワイルドなフロンティア。村に苗字が2,3種類しかないこともある。みんな、血族のコネ社会。中世のスコットランドのようだ。

ある夏、車でシンプロン峠を越えてイタリアへ行った。ドモドッソラ付近で、物凄いスピードの車に抜かれる。完全にスピード違反。
「何、アレ?」
「ヴァリスでしょ?」
バーニーが言う。
確かに車にはヴァリスのナンバープレートが。
 
再び、物凄い速さの車に抜かれた。またヴァリスの車だった。ヴァリスの男はスピード制限を守らない。これもスイスではよく知られた事実だ。フルカ峠やグリムゼル峠もハイスピードでグングン超えていく。スイスのオリンピックのスキー選手にはヴァリス出身の者が多い。
「あの人達、頭空っぽで恐怖感とかゼロだから」
と、またベルン人達はバカにする。
 
ベルンの考古学者のアンナがヴァリスのとある村で仕事関係のパーティーに招待された。彼女もパーティーの出席者もドイツ語が母国語だ。アンナが言っていた。
「何一つ、理解できなかった!」
そんな、バカなことが! 同じドイツ語なのに。
  
ヴァリスではフランス語とドイツ語が話されている。ヴァリスのフランス語はまぁまぁ、よそ者にも理解できるそうだが、ドイツ語はメチャメチャらしい。
 
さて、私のヴァリス評は?
 
ヴァリスでの私の日課は朝のジョギングだ。ある日、隣り村への山道が、細い縄で通行止めになっていた。山の斜面にそって牛が8頭、静止している。
 
ふと上を見ると、牛飼いのオジサンが地べたに腰かけている。農業で真っ黒に日焼けした筋肉質の長い足がショーツからヒョロっと出ている。
「おいで!」
牛達をさらに標高の高い牧草地に移動させている最中らしい。
 
牛達は突然現れた私を見るばかりで、一向に動く気配はない。オジサンは困ったな、という感じで私に笑いかけた。日焼けした面長な顔がほころんだ。
私は牛飼いオジサンの仕事の邪魔にならないように、山道を引き返した。

ヴァリスの男達は農業、観光、建設に従事しているせいか、スペイン人のように日焼けしている。背はオランダ人ほど高くはないが、みな細身で足が長い。顔は面長で、ヴァリスのキリスト像をみても皆、顔が面長になっている。
 
つまり何が言いたいかと言いうと、私はヴァリスの男の外見が好きだ。ハチャメチャでも、浅はかでも、スピード狂でも、訛ってても、痩せててカッコイイ!
 
アインシュタインみたいに、いつも難しいことばかり考えていなくても、怖い物知らずで、細身で面長でイケメンな男が好みなら、あなたもヴァリスを訪れてみてはいかが?
 
 
 
 
 

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