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Clubhouseブームと映像疲れ

Clubhouseが流行っていますが、昨年の後半くらいから、多くの人が「映像疲れ」を感じているんじゃないかと思っています。

昨年の夏くらいまでは、オンラインでのコミュニケーションを模索する時期だったと思います。多くの人がZoomなどのツールによる会議や講義、その他イベントでの有効な活用法を模索し、おおよその形ができてきて、細かい説明をしなくても問題なく運用できるような状況になってきました。

新型コロナによる先行きの不安はあったものの、新しい状況へ対応するというのは、大変でもあり、また創意工夫を必要とされるという意味では、モチベーションが上がる部分もあります。

一方で、パーソナルなコミュニケーションとしてはZoom飲みが流行りましたが、「業務」と「Zoom飲み」までは行かない間にある日常的なコミュニケーションが足りないという問題が生じてきていたように思います。情報の共有だけではない、メンタルな部分に重要性が移ってきていました。

「見られること」の映像疲れ

会議や講義では、参加者にカメラのオンを強制することが多くあります。話している側や、少人数で話す場面では問題ないですが、ただ聴いている状態でそれを見られている(かもしれない)というのは、かなりストレスになります。それだったら、音声だけでもいいじゃないか、むしろ音声だけのほうがいいじゃないかという気持ちが生まれてきていました。

人と人の距離感は情報量とも関連します。至近距離の映像を共有し合うというのは、かなり密なコミュニケーションで、情報量の高い状態といえます。オンライン・ミーティングは疲れるという声をよく聞きますが、それは映像を見る疲れとともに、見られることの疲れでもあるように思います。

オンラインのイベントでは、「話者が話しやすいから」という理由でカメラのオンを推奨されることが多いですが、話者の話しやすさよりは、見る人の快適さを優先するべきと思いますので、心理的安全性という観点からも、自分はオンラインのイベントで、カメラ・オンを推奨することはしないようにしています。

避けられてきたネットでの音声の配信

ネットにおいて、音声の配信は意図的に避けられてきたといえます。インターネットの初期から、音楽の違法ダウンロードが問題になったことによると思われますが、facebookやTwitterといった主要なSNSでは、映像はアップロードできるのに、音声だけのアップロードはできない状態になっています。noteは例外で、SoundCloudなどの外部サービスを利用しなくても、サウンドファイルのアップロードが可能な稀有な例でした。

今の音楽は、映像はYouTubeでオフシャルなミュージックビデオを無料で見ることができ、むしろ見ることを推奨されるのに、そこから映像を取り除いた音声だけになると有料になるという、なんとも妙な状況になっています。

心地よい音声だけのコミュニケーション

いろいろなサービスを試してみて、spatial.chatを使ってみると、絵は小さなアイコンだけで、ほぼ音声のみのコミュニケーションになりますが、これくらいのコミュニケーションはいいなというのを実感していました。

コミュニケーションするときに、必ずしも映像で見合っている必要はないし、映像がないほうが、気楽に話せるということもあります。音声によるコミュニケーションの重要性が、今更ではありますが、やっと高まってくる流れになっていたところに、Clubhouseがうまくはまったように思います。

同じようなタイミングで、Dabel、Peer Radio、roundzなどの音声コミュニケーションサービスがでてきていますし、Discordもそういう使い方ができます。Clubhouseもアメリカではもっと早くスタートしていますし、技術的にはもっと前から開発していたでしょうけど、こうした全体的な流れを感じて、音声コミュニケーションの価値を感じはじめていた人は、少なくなかったのだろうと思います。日本でもRadikoの人気が上がっていますし。

人は話す生き物

メディアにもよく顔をだしているのに、Clubhouseで何時間も話している人をよく見かけます。メディアやイベントでの話というのは、なんらかの形で「仕事」なんですよね。当然、いろいろな制約もあるし、仕事だから求められたことを話しているという意識もあります。「仕事という意識ではない話」の魅力や心地よさ、ただ話したいから、ただ新しいサービスが楽しいから話しているということの魅力は、現時点ではあるかもしれません。

それだけ、人って、話す生き物なんですね。話すことを仕事にしていて、仕事でたくさん話していても、それでもまだ、お金にならなくても話しまくるという人が結構いる。既存のメディアなどの枠組みでは、個人の本当に思っていることが伝わらないということもあるのでしょう。

そもそもWebのコミュニケーションサービスは、ヨーロッパの街の中心にある広場的な性格をもっていると思っていました。それは2チャンネルもTwitterも、Clubhouseも同じです。そして、テクノロジーによって、より強く広場的になっていく傾向があるように思います。

そう思うと、人がやっていることは、ギリシアの時代から何も変わっていないのかもしれません。

Clubhouseの今後

Clubhouseは、著名な人(同士)のroomをみんなで聴くパターンと、身近な人とさくっと話すという2つの使い方が主流になるんでしょうけど、両者の間の部分でのコミュニケーションが生まれることが、まさにClubhouseなんじゃないかなとは思います。でも、それが単なる相互フォローの場のようになってしまうと、違うような気はしますが。

新しいSNSならではの空気感というのは楽しくもあるけど、今、一日中どこかにいるような形で話し続けている、新しもの好きのインフルエンサー的な人たちが、同じくらいの可処分時間を振り分け続けるのは確実に無理ですよね。

アーカイブが残らないので、Clubhouseのコンテンツというのは、同時にアクセスしている人しか生み出すことができないので、人が減りだすと、一気にいなくなりそうな予感はあります。まるで寂れたショッピングモールのような感じになるかもしれません。それはそれで、廃墟も好きなので楽しみではあります。

一つのサービスがブームになりはじめてから収束するまでの一連の流れを、コンパクトに観察できる可能性があるというのは、いろいろ学ぶべきところがあるのではないでしょうか。

とはいえ、使い方によっては面白いサービスだと思うので、適度な温度で続いてほしい気はします。今の状態は、ビッグバン直後の、物質の温度が極めて高温な状態なのかもしれません。地球ができて、人間が生きていくのに適した138億年くらいの時点になるのはいつなのでしょう。

ちょっとした要望や実験結果

使っていると、チャットが欲しいと思う瞬間が多いです。消えるまでの時間制限付きでいいから、チャットがあるといいな。

大人数が参加しているroomでは、それを聴きつつ、隣の人とちょっと話せるとうれしい。

音の遅延がどうなっているのかと思い、2台からアクセスしてみましたが、同じアカウントの音声は、自分には帰ってこないので、遅延は調べられませんでした。

iPadでも使えるけど、招待をするときには、そのiPadの連絡先に相手の電話番号を登録する。

M1 MacではiOSのアプリを使える場合があるけど、Clubhouseはインストールできない。できればいいのに。

音を出して遅延を調べてみたら、90bpmで1/8音符一個分くらいずれていました。状況によって異なるとは思いますが。リズムのある音楽をセッションするのは、ちょっと厳しそう。

画面は専有されていないので、広告を出そうと思えば出せちゃいますよね。広場的には、というかクラブハウスとしても、物売りが出てくるかも。AIで話題を解析して商品広告が出てくるとか。

追記

招待制という部分もあるのでしょうけど、カルト的だとか、外側から言っているのは、的はずれな気がしますね。もちろん、そういう感じになっているroomもあるでしょうけど、人が集まれば、どんな所、どんな形でも、良い部分と悪い部分があり、良い使い方も悪い使い方もできるわけです。まさに「広場」はそういうところ、現実の広場では人を殺すこともできてしまう。街で起こることは、ネットでも起こる。それだけのことなんですよね。それはツールの問題ではないように思います。

ちなみに写真は、世界で一番美しい広場と言われるベルギー、ブリュッセルのグラン・プラス。noteの登録写真からお借りしました。グラン・プラスは、本当に劇場のように美しいところで、周囲にたくさんあるビアバーで、ベルギービールを飲みながらムール貝を飲むのは最高です。

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グラフィックデザイナー、ウェブデザイナー。 メディアのデザインやプランニング、コンサルティング、デザイン関連の執筆。 著書に『デザインの教室』『デザインの授業』『フラットデザインの基本ルール』『ビジネス教養としてのデザイン』など。東京造形大学非常勤講師、経団連推薦社内報審査委員。