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自著論文等紹介「『正暦寺起縁』の基礎的検討」

吉原啓「『正暦寺起縁』の基礎的検討」(『万葉古代学研究年報』第18号、2020年)

この論文(調査報告)は、国立国会図書館が所蔵・公開している『正暦寺起縁』という史料について検討し、結果として、それが偽書であることを報告したものです。
論文は、上記のリンクでお読みいただけます。ただし、Web公開の許可がおりなかった画像が一部にあり、その画像をご覧になりたい方は、紙媒体の『万葉古代学研究年報』第18号をご覧ください。

調査の経緯

私がこの偽書の存在を知ったのは、奈良県立万葉文化館で研究員をしていた頃に、ウォークイベントで正暦寺を訪れることになり、正暦寺関係史料を調べていたためです。

『正暦寺起縁』は「国立国会図書館デジタルコレクション」で公開されているため、すぐに見ることができましたが、初見で「少なくとも一部は偽文書である」と気付きました。
それは、かつて私が8・9世紀の土地売券を検討したことがあり、『正暦寺起縁』にも8・9世紀の宇陀郡の土地売券とされる古文書が含まれていたからです。
『正暦寺起縁』所収売券を数行見て、その書式の整わなさに苦笑しながら「いやコレぜったい偽書やろ」とPC画面にツッコミを入れたほど、明らかに偽書だと直感しました。

ですが、それほど顕著な偽書でも、誰かがちゃんと「これは偽書ですよ」と報告しておかないと、この偽書を真正な史料として扱う事例が出てくるだろうと思い、売券の研究に関わったことがある者として、どういうところが・どういう点で偽書と判断できるのかについて報告しておこうと考えました。
また、正暦寺は奈良県奈良市に現存する寺院で、当時の私は奈良県立施設の研究員であったこともあり、奈良県の古代に関わる史料の真偽を検討する責任のある立場にあったことも、この偽書を検討した理由のひとつです。

最初は売券だけの真偽について検討していましたが、他の研究者からの薦めもあり、正暦寺の縁起や資財について書かれた部分にも検討を及ぼし、最終的に全て近世末〜明治40年までに作成された偽書の可能性が高いと判断しました。

芋づる偽書

『正暦寺起縁』を検討している時に、芋づる式にわかった面白いことがあります。
これまでにも偽書であることが指摘されてきた「大同二年宇陀郡売券」(『平安遺文』4328号。大東急記念文庫所蔵)が、『正暦寺起縁』所収の宇陀郡売券のいくつかと同筆関係、全てと同印関係にあることがわかった時には、かなり興奮しました。
また、『正暦寺一千年の歴史』という書籍で紹介されていた史料の中にも、同じような偽書が紛れていることもわかりました。

芋づる式に偽書が見つかったことで、これらの偽書がなぜ・どのように作られたのかについて自然と思いを巡らせることになりました。その答えは出ていませんが、考えるだけでとってもワクワクします。

正暦寺のご協力に感謝

この偽書の調査のために正暦寺を訪れた時には、ご住職が熱心にご協力くださり、正暦寺の歴史についても様々にご教示いただきました。その成果の一部は、論文に明記してあります。

正暦寺は10世期末に創建されたと伝わる寺院です。紅葉や「清酒発祥の地」としても有名で、行楽シーズンには多くの人で賑わいます。
素敵なお寺ですので、気になる方はぜひ一度訪れてみてください。

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