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話題のゲノム編集トマトが届いたので、ゲノム編集技術について学んでみた

我が家に「シシリアンルージュハイギャバ」の苗が届きました。ちょっと前にニュースでもよく取り上げられていたいわゆる「ゲノム編集トマト」です。早速ハウスの中に定植し、栽培を開始。GABA自体に興味はないのですが、ゲノム編集についてはすごく興味があります。植物の遺伝子を研究し、日本では毛嫌いされていることを少し悲しく思っていた僕としては、ついに日本でここまで来たんだなぁという感じです。ちなみに、このトマトは完全に自家消費用の栽培です。

せっかく苗が届いたので、今日は少し真面目に「シシリアンルージュハイギャバ」について調べてみました。調べてみて、僕はゲノム編集作物についてよく分かってなかったんだなと気づきました。参考にしたところも多いので、いつもとは違って下に参考をまとめています。かなり長いですが読んでくれたら嬉しいです。

「シシリアンルージュハイギャバ」とは

 「シシリアンルージュハイギャバ」とは、筑波大学発ベンチャーのサナテックシード社によりゲノム編集技術を用いて育種されたトマトです(1,2)。ハイギャバという名前の通り、GABA含有量が高いという特徴があります。今回、僕の手元に届いた配布品種の親の世代では、ゲノム編集前の個体と比べてGABA含有量が約5〜6倍に達しているようです(3)。量で言うと100g中に約90mgのGABAが含まれているとのこと(4)。

ゲノム編集とは何か?

 そもそも、ゲノム編集技術とは何か?遺伝子組換え技術とは何が違うのか?僕が大学を出てから生まれた技術によって急速に発展したものなので、正直良くわかっていませんでした。現在、日本で作物育種に関して一般的に言われているゲノム編集と遺伝子組換えの大きな違いは、外来の遺伝子を残すか残さないかにあります(2,5,6)。遺伝子組換えによる育種は外来の遺伝子を導入することで新たな特性を持たせますが、ゲノム編集作物は外来の遺伝子を残しません。
 ゲノム編集による育種は、植物がもともと持っていたゲノム、つまり植物が持つDNAの一部だけを突然変異させることで特性をもたせます。この突然変異は、生物が本来持つDNA修復機能のミスにより起きるものです。
 従来の育種手法では、違った特性を持つ近縁の植物同士を掛け合わせたり、放射線や化学薬品によって突然変異を積極的に引き起こすことで、これまでとは異なる遺伝子セットを持った新品種を生み出してきました。これらの技術では狙った特性を付けることは難しく、多分に偶然に頼ったものでした。
 従来の手法とゲノム編集の大きな違いは、すでに機能が分かっている部分を狙い撃ちして突然変異させられることにあります。これが出来るようになったのはCRISPR/Cas9システムという技術が生み出されたからです(7)。このシステムを使うとDNAの狙った部分を切断することが出来ます。切断された部分にはもちろんDNA修復機能が働きます。元通りのDNAの配列に戻るとまた切断されてしまいますが、DNA修復にミスが起こった時には切断されずにすみます。これによって狙った部分にDNA修復のミス、つまり突然変異を起こすことが出来るのです。

高GABA含有量を実現する突然変異

 ゲノム編集技術により生まれたシシリアンルージュハイギャバ、これは名前の通りGABA含有量が非常に高いという特性を持っています。この特性は、トマトがもともと持っているGABAを合成する酵素に突然変異を入れることで作られました。この酵素はグルタミン酸からGABAを合成してくれるのですが、通常時は機能しないよう自己阻害が起きる仕組みになっています。トマトがストレス状態に置かれた時にのみこの阻害のスイッチがオフになりGABAを蓄積するんですね。シシリアンルージュハイギャバでは、GABA合成酵素にあるこの自己阻害を引き起こす部分を変異させることで、通常時からGABAを生み出せるようになったのです(8,9)。

分子生物学を変えたCRISPR/Cas9

 DNAの狙った部分に変異を誘発するCRISPR/Cas9システム。これは微生物が外来DNAに対応するために使われている免疫システムを応用して生み出された手法です(7,10)。Cas9というDNA切断機能を持つタンパク質とガイドRNAを細胞に導入することで変異を起こさせます。ガイドRNAがその名の通り、DNAの特定の配列にガイドしてくれるため、Cas9タンパク質は狙った部分でDNA切断を引き起こします。このガイドRNAは、条件はあるものの、かなり自由に設計することが出来るので、選択的なゲノムDNA編集の可能性を飛躍的に高めたのです(11,12)。この技術を使うと、狙った配列を切断しDNA修復のエラーを狙うことだけでなく、切断された部分に任意のDNA配列を挿入することも可能になります。ただ、日本においては前者の方法で育種する場合はゲノム編集、後者の場合は外来遺伝子の挿入を伴うので遺伝子組換えとして扱われます(6)。

トマトにCRISPR/Cas9システムを応用する

 それでは、どのようにしてトマトでこの技術を使ったのでしょうか?CRISPR/Cas9システムによるゲノム編集を実現するためには、細胞内に、Casタンパク質とガイドRNAを作り出さなければいけません。それを実現するために、これらの遺伝子をトマトのゲノムDNAの中に導入するのです。遺伝子が導入されると、生物のもともとの機能により、トマトの細胞内にCasタンパク質とガイドRNAが作られます。
 遺伝子の導入には、植物のゲノムDNAに外来遺伝子を導入する能力を持っているアグロバクテリウムという細菌の力を利用します(13)。トマトの葉をCRISPR/Cas9システムの遺伝子を運ぶ、アグロバクテリウムの菌液に浸して感染させます。次に感染した葉から、植物ホルモンを用いて脱分化を起こさせ、カルスと呼ばれる細胞塊を誘導します。このカルスの中からCRISPR/Cas9導入に成功している細胞見つけます。そしてこれを再分化させることで、遺伝子が組み替えられた植物体を得ます。こうして出来たCRISPR/Cas9導入トマトの中では、ターゲットとなるDNAが切断されることでその部位に突然変異が誘発されるのです。
 このようにして、目的のDNA配列が変異したトマトを得ることができました。ただ、このままでは、トマトの中にCRISPR/Cas9システムに使った遺伝子が残っています。ここから更に、CRISPR/Cas9を持たないトマトと交配することで、目的のDNA配列に変異が入っているけれど、外来遺伝子は持たないトマトが得られるのです。

ゲノム編集作物について思うこと

 さて、このようにして生まれ、僕の手元にも届いたシシリアンルージュハイギャバトマト。このゲノム編集作物について考える時に一番のポイントは、外来の遺伝子が入っていないことなのかなと考えています。そして僕がよく分かっていなかったのもこの部分でした。ゲノム編集作物は狙った部位に何かの遺伝子を挿入しているんだと思っていたのです。日本ではゲノム編集により外来遺伝子を挿入した作物は、従来どおり遺伝子組替え食品として捉えられるているようです(14)。
 遺伝子組換え作物は有用な遺伝子を導入することで、新たな特性を獲得してきました。遺伝子組換えを駆使しながら植物の遺伝子の研究を行っていた僕としては少し悲しい気もしますが、それに対して抵抗感を持つ人はいるだろうなと思います。
 ただ、日本におけるゲノム編集作物については、外来遺伝子が残っていないだけでなく、間違ったターゲットに変異を入れていないことが確認されます(ボールド体部分は2021/05/31訂正しました。ゲノム編集作物は組換えDNA技術に該当しないものとされ、食品安全委員会による検査は行われません。訂正前:そしてもちろん成分的にも問題ないことが食品安全委員会により検査が行われます)。こうなると、ゲノム編集によって作られた新品種と従来の方法で作られた品種は本質的に変わりが無く、検査によって検出することさえも困難になります。そのため、日本ではいまのところ作物や食品に対して特別な表示も義務化されていません。
 まあ、義務ではなくても表示はしたら良いのではないかなと思います。消費者は、そのものだけでなく、その裏にあるストーリーまで考えてモノを購入する世の中になってきているわけだし。消費者それぞれが、自分なりに理解した上で、選択できる世の中になれば良いなぁ。表示義務が無いので隠すのではなく、むしろ新しい技術に挑戦したことを誇れるくらいになってくれたら嬉しいなと思うのでした。


 今回は下記の参考を見ながらまとめてみました。間違いの無いように注意して書いてみたのですが、もし、勘違いしている点、間違っている点等、お気づきの際にはぜひご指摘くださいませ。

参考)
1.サナテックシードHP https://sanatech-seed.com/ja/product-trait/
2.野菜情報 2020年1月号 https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/2001_chosa01.html
3.筑波大学リリース2020年12月 https://www.tsukuba.ac.jp/news/pdf/p202012111500.pdf
4.サナテックシードHP Q&A https://sanatech-seed.com/ja/faq/
5.ゲノム編集〜新しい育種技術〜(農研機構) https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf
6.ゲノム編集育種を考えるネットワーク(パワーポイント資料をダウンロード) https://genome.t-pirc.tsukuba.ac.jp/communication
7.Science. 337, 816-821(2012) https://science.sciencemag.org/content/337/6096/816.long
8.Kagaku to Shibutsu 56(7) https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1014
9.Scientific Reports 7,7057(2017) https://www.nature.com/articles/s41598-017-06400-y
10.コスモ・バイオ株式会社HP https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/crispr-cas9-introduction-apb.asp?entry_id=15520
11.ThermoFisher SCIENTIFIC HP https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/gene-editing_bid_ts_1/
12.ゲノム編集の歴史と基礎 https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/CT_251_01.pdf
13.Scientific Reports 7,507(2017) https://www.nature.com/articles/s41598-017-00501-4
14.ゲノム編集技術応用食品の表示について(消費者庁) https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/quality/genome/pdf/genome_190919_0001.pdf


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